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「アフロディーテ様、あなたにこの林檎を差し上げます。あなたこそがこの世界で一番美しい女性でございます」
「あら嬉しい、このアフロディーテを選んだ理由、聞かせて貰っていいかしら?」
「はい、あなたを選んだ理由は…… まず、美しいことです」
「知ってるわ」
アフロディーテは満面の笑みを見せ、パリスの頭を撫でる。そもそもアフロディーテは「美」の概念の女神、一番美しい女神であって当然である。
ヘラとアテナは先程までのパリスに媚びるような笑みはどこへやら、殺気の込められた修羅の形相でパリスを睨みつけているのであった。
「それに、人間界で一番美しい女性と結婚させてくれるとなれば…… 自分、しがない羊飼いで嫁の貰い手があるかどうかも不安だったので。国とか勝利とか言われても自分ただの羊飼いなもので、頂いてもどうしようもないです」
「懸命ね」
おう、よしよし。アフロディーテは我が子エロスの頭を撫でるように優しくパリスの頭を撫でる。母を知らずに育ったパリスはその嫋やかな腕に母の優しさを感じるのであった。思わずに笑みが溢れる。
美しさも負けた! 賄賂も負けた! 二重の意味で負けた二柱の女神のプライドはもうズタズタ! パリスの身の上を知っている二柱の怒りの矛先は彼の母国のトロイア王国に向かうのであった。
「目が節穴としか思えないわ! 女神の裸を見て視力でも失ったんじゃないの?」
「よくも恥をかかせてくれたわね! トロイア王国なんか滅ぼしてやるわ! 覚えてなさい!」
二柱の女神はパリスを口汚く罵りながらオリュンポス山へと帰って行くのであった……
パリスの耳にその罵りは届かない。世界で一番美しい女性と審判を受けて上機嫌で心は極楽浄土へと昇るアフロディーテから「人間界で一番美しい女性と出会う方法」の話を聞いていたからである。無論、パリスの心も極楽浄土へと昇らん勢いだった。
「じゃ、絶対にトロイアの競技会に参加するのよ。ここからあなたの人生は劇的に変わるわ」
それだけ言い残してアフロディーテもオリュンポス山へと帰って行った。官能的で芳しい薔薇の香りを残しながら……
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