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話が読めない私に「座っていてね」とお願いするレイフ様は、昔の照れ屋さんだった少年時代の笑顔を見せて、私は胸がドキドキしている。
レイフ様からお話されるまでは静かにしておこうかと思った。
今朝私が摘んだハーブがガラスのポットに入れられてお湯が注がれるとクルクルとカモミールの花が回るのが見えた。
「はちみつを入れるよ」と、ティーカップにハーブティーが注がれていく。
私の前に野ばらの絵が描かれたティーカップが置かれて、その香りに私は思わず深く息を吸いゆっくりと吐いた——
「いただこう」と、私と向かい合わせにレイフ様が座った。
私はレイフ様に合わせてティーカップを口に運んで飲むと、とてもすっきりをした気持ちになって、それはまるで魔法みたいだった。私の耳もしっぽも一瞬ふわっと毛が立って、それからゆっくりと撫でられたように落ち着いた。
ティーカップをソーサーに置いて、レイフ様から言葉が紡がれるのを待った。
「ティア。この屋敷に連れてきたときは、プロポーズが上手く伝わらなかったみたいで、僕は振られたんだと思っていた」
「えっ? 」
全く思いがけない事を言われた。
プロポーズ? レイフ様が私に?
元々丸い目が自分でもびっくりするほど見開いたと思う。
振られた? 私がレイフ様を振った?
「本当に、伝わっていなかったんだ」
嬉しいとも情けないとも言えない顔をして、レイフ様も私の顔を覗き込んだ。そして、口を閉じて口角を上げて笑った。
「あの時僕は、『僕と一緒に来てくれないか』って言ったんだ。『いっしょに暮せないか』とも言ったよ」
そんな言葉は聞いたような気がする。マリア様の遺品を片付けながら、少しずつ寂しくなるマリア様のお屋敷の中で泣き暮らしていた。遺品を取りに来たレイフ様がそうおっしゃったような気がする。
「そうしたらティアは、『後日伺いますので』としか返事をしてくれなかった。僕はどうしたものかと思って数日後に君がこの屋敷に小さな荷物だけで来たときは、プロポーズを受けてくれたのかと思ったんだけど、僕には『ご厄介になります』と一言だけで、そのままアンのところに行って挨拶するから‥‥‥振られたんだと思ったんだよね」
テーブルに飾られたケーキを取り分けて、私とご自分の前に置きながらレイフ様が話を続けた。
「僕がおばあ様のところに来るときはいつもこのケーキを焼いてくれたのに、こっちに来てからは頼んでもハーブティーすら淹れてくれなくなって避けられるものだから、嫌われているのかと思っていた。ティアに仕事を与えられただけでもと我慢したよ」
私はマリア様の遺品に囲まれてこのまま暮らせないと分かっていたから、レイフ様が身寄りもない私にお仕事と居場所を与えてくださったとしか思っていなかった。
「大好きのはずのキャンディーも、いつも一つしか受け取ってくれないし」
気のいいレイフ様に貰えるだけ貰っていたら、与えられすぎてしまいそうで我慢していた。
「おばあ様の庭の薬草だって僕に頼んでくれたらいっしょに取りに行ったのに、いつの間にかボーイフレンドがいたし……」
「あの、それはハンスが‥‥‥」
レイフ様ははにかんだ。
「ティアは、ハンスに思われているって気が付いていなかったのなら、僕の気持ちに気が付いていなくても仕方ないなって、やっと分かったよ」
レイフ様は、テーブルに肘をつき頬杖をすると私の目を見てゆっくりとお話をするので、私は聞き直した。
「レイフ様のお気持ち? 」
「もっと分かりやすく伝えたら、応えて貰えたのかな」
信じられないけれど、私はプロポーズと気が付かずにレイフ様の気持ちに応えていなかったみたい。優しく話しかけられても、それを失う前にと逃げてしまっていたなんて。
「あの、お見合いの件は‥‥‥」
「見合いはね、ティアを諦めようと思っていたからとりあえず会うだけでもと進めてみたんだ。でも、ティアにも思うことがあるみたいだと知ったから、今日はそれが聞きたくて」
「私の気持ち? 」
「そうだよ」
私はどんな言葉を発したらいいのかわからず、上手く息ができないほど緊張し始めてしまった。それに気が付いたレイフ様が、
「ティアに聞く順番じゃなかったね。僕がもう一度返事が貰えるように伝え直さなきゃならないね」
「‥‥‥」
「ティア、僕と結婚してくれないだろうか」
やっと言えたみたいに笑顔をほころばせて、私の胸にレイフ様がおままごとに付き合ってくれた思い出までよみがえった。
あの頃は、「良いわよ」って高飛車にお返事をしたような気がする。顔を赤くしながら。
「返事は? 」と催促されて、私は言葉に悩みながら小さく「レイフ様のお気持ちに応えたいです」と返事をした。
「そうか」と言って、大きく息を吐いたレイフ様は、自分の顔を両手で隠して「良かった」とつぶやいた。
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