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 メイド仲間のアンが言った。 「レイフ様、お見合いの話がたくさん来ているそうよ」 「そうなのね」 「領地巡りを終えられてしばらくは落ち着かれるでしょうからと、たくさんのお見合い話が集まっていらっしゃるんですって」  関心の無いふりをしても、アンが私のしっぽがブンブンに振られ不機嫌を見せるのを見て笑う。 「猫族って、本当嘘が下手だよね」 「犬族のアンも、嘘どころか全部おしゃべりしちゃうじゃない」 「そんなことないよ? 未確定なことは黙っているもの。それともレイフ様に話しちゃっても構わないってこと? 」 「違うったら」  嘘が苦手な私のしっぽを亡きマリア様はとてもお気に召して、娘のように可愛がってくださった。あの小さなお屋敷はマリア様の様に陽だまりのような場所だった。私はマリア様が大好きで、ずっとそこで暮らしていたかった。  このブラフォードの屋敷に来てしばらくはレイフ様は屋敷にいる機会が無くお会いできないのを寂しく思っていたけれど、それが恋だと分かったときからレイフ様を避けるように過ごしていた。  私はその日の仕事を終えると自分の部屋に戻ると、レイフ様にもらったキャンディーをゆっくりと味わった。 「ミントに甘いミルクの味……」  そのキャンディーの包み紙を丁寧に洗って、日記に挟む。その前にいただいた包み紙を日記から取り出して木箱に移す。  レイフ様からいただいたキャンディーの包み紙を大事に取っておくことだけは、許されると思っているし、それでも贅沢だと思っていつも一つだけしか貰わないように決めていた。  たくさんはだめ。欲張っちゃだめ。 ***********************  しばらくして、レイフ様のお見合いの日が訪れた。その日は朝からサロンにティーセットが準備されて、調理師のガーランがケーキを焼くとその香りが屋敷中に漂っている。 「とりあえず、いただいたお見合い話のいくつかはされるみたいよ」とアンが教えてくれた。  今日のご令嬢と決まるわけではないとホッとしつつも、もしご婚約が成立されたら私はこの屋敷から出ようかと思った。 「そうしたら、この薬草たちともお別れなのかしら」  私はレイフ様のお見合いの席をアンに任せて離れ、裏庭の野草畑を見回りながら独り休憩を取る。  この野草畑は、マリア様と育てたハーブなどの薬草をこの屋敷の裏庭に少しずつ移植して作ったもの。私はマリア様との日々を思い出しては懐かしんでいた。 「この薬草畑は彼女が管理しているんだ」 「あら、そうなのね」  表の庭園から裏庭に回り、お見合い相手を案内するレイフ様と出くわした。 「彼女はティア。以前は僕のおばあ様のメイドだったんだ。今は、ここでおばあ様の残した薬草を育てている。さっきのハーブティーもここのハーブだよ」 「そうなのですのね」  庭園に比べると造園でもなんでもなく区分けされているだけの薬草畑をレイフ様は案内する。案内されるご令嬢が、区分けからはみ出して自生しているハーブを踏んでしまっていた。 「!! 」  私は驚きつつそれに気が付かないふりをして頭を下げるが、私の耳が伏せてしまったのをレイフ様に気がつかれてしまった。 「どうぞこちらへ」と、レイフ様はご令嬢をさりげなくエスコートしてバラが咲いている方へと歩みを進めた。私は踏まれたハーブから目を離して、その場から立ち去った。
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