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 その日、アンに手を引かれ連れて行かれた部屋は、今は故人でいらっしゃるセリス様のお母様のお部屋だった。レイフ様のお母様には不似合いな若い女性向けの訪問着のドレスとそれに色を合わせた繊細なアクセサリー、メイク道具が用意されていた。 「着替えるわよ! 」と私はアンに服を脱がされて、身体を拭かれる。初めてコルセットを着けられてドレスを着せられる。 「どうして? お見合いの席では私たちも着替えるの? 」と言うと、「そうよ! 」とアンが答えた。 「ちょっと急いでいるの。レイフ様をお待たせしているのだから」  椅子に座らされた私は、耳までブラッシングして髪飾りを着けられる。メイクを施されて、急いでいるといいながらとても丹念に仕上げられる。  こんなに丁寧なお見合いの支度をされているとは知らなかった。 「終わったわ」とアンが言う頃には、私の方も緊張してぐったりしていた。 「次はアンの支度をしなくては! 」と覚悟の気合を入れ私が立ち上がると、アンは「私のことは良いから、ティアは早くサロンの方に行って」と、突き放された。  私はアンに急かされてサロンへと向かった。  サロンには、若草色に小さな花が描かれたクロスに、白いレースのクロスを重ねたテーブルが配されて、その上にはケーキやクッキーなどの焼き菓子、いつもセリス様が下さるキャンディーが乗せられていた。  可愛いティーカップセットも新調されて、とても上品なアロマと焼き菓子の匂いが漂っている。  カーテンが開かれた窓から明るい日差しが優しく差し込んで、今日のお見合いのセッティングはとても素敵。  でも、これは……まるでマリア様のご趣味に合わせたもの。真新しいのに、全てが懐かしく思える。ご用意された焼き菓子もキャンディーもマリア様のお屋敷でいただいたものと同じもの。 「昨日、アンが言ったように‥‥‥今日のお見合いの方に期待されていらっしゃるんだわ」  まるで私の大切な思い出まで失うようで怖くなった。  私はせっかくの素敵なドレスの裾を強く握って泣くのを堪えた。アンの上手なメイクが崩れてしまったら大変。  セットされたおもてなしの備品をチェックして段取りを考える。時間は聞いていなかったけれど、急いでとアンが言っていた。きっともうすぐお見えになるのかもしれない。
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