お父さんの種

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「僕にはどうしてお父さんがいないの?」  ママは驚いたように目を見開いて僕を見た――が、すぐにとろんとした目に戻って新しい煙草に火をつけた。 「何? 誰かにくだんないこと言われた?」 「くだんないことは言われてないけど……今日、小学校であやかちゃんにどうしてお父さんがいないのって聞かれたの」 「それがくだんないことって言うのよ」  ママはぷわーっと紫煙を吹かし、まるでこの世のすべてに興味が失ったかのようにスマートフォンに目を落とした。  煙草の吸い口に真っ赤な口紅がついて血まみれのように見える。  その翌日の夕方。  ママは仕事から帰るなりただいまも言わず、宿題をしていた僕にコンビニのビニール袋を投げて渡した。  僕はびっくりしながらもキャッチする。中には、煙草の大きさほどの箱が入っていた。 「ほら、お父さんの種」  そう言い捨てると、ママは「お腹すいたー」とキッチンに入って行った。  僕はびっくりしてビニール袋から箱を取り出した。パッケージには確かに「お父さんの種」と書いてあり、その下に中年男性のイラストがあった。  中を開けると、黒い小さな粒がひとつ入った透明の小袋と、取扱説明書が折り畳まれて入っていた。 「ママ、これ――」  僕はキッチンに駆け込む。  ママは僕の作ったカレーを噛みながら弛緩した顔でバラエティ番組を観ていた。 「これどうしたの」 「買ったのよ」 「……この種、植えていいの?」 「いいけど、あんたが欲しがったんだから自分で責任持って育てんのよ。あたしは何も手伝わないからね」  嬉しくて思わず小箱を抱きしめた。  僕にもお父さんができるかもしれない。
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