お父さんの種

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 僕はアパートの裏の草むらにお父さんの種を植えることにした。  そこは年に一回、業者さんが草刈りに入る他は誰も来ないことを知っているのだ。  小さく折り畳まれた取扱説明書をぱりぱりと開く。  種の丸い方を上にして植えてください。  種を植える穴は十センチ以上深くしてください。  朝と晩にヌッコリョッケの毛を混ぜた水をあげてください。 「ヌッコリョッケってなんだろう……」 「――あれよ」  僕は「わあ」と飛びすさった。  ママだった。いつの間に後ろにいたんだろう。  ママはいつもの淡々とした調子で、隣のアパートとの境のフェンスを指さした。 「あれがヌッコリョッケよ」  フェンスの上に、もっちりとした三毛猫が香箱座りしていた。肉がフレームからはみ出て垂れている。 「猫だよね」 「猫じゃないわ。よく似てるけど、ほら、耳の形とか足先の感じとか、猫と違うでしょ?」  猫にしか見えない。というか、座っているので足先など見えない。  ともあれ――の毛が必要だというのか。 「捕まえるなんて僕無理だよ……」 「簡単よ。箱を置いとけば勝手に入るから」
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