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その日はまだ梅雨入り前で、雨は降っていなかったが今にも振りそうな曇天の空だった。
ファミレスでのバイトを終えて21時半頃にアパートに着いた。
バイト先から歩いて三十分、駅からもその位離れた静かな住宅地の一画。
二階建ての各階六部屋のアパートで、雪絵の部屋は用心の為二階の奥から二つ目だった。
河田雪絵は大学が隣の駅になるアパートを借りて一人暮らしを始めた。
引越し蕎麦は大袈裟かと考えて、タオルを一枚ずつ包装して挨拶回りをした。
この辺りは都会でそんな事する人はいないらしいが、しないとどうも落ち着かない。
両隣も不在、下も不在、斜め下の右側だけが年配の女性が顔を出した。
「あらぁ、今時珍しいわねぇ?ここね、娘の部屋なの。今日は掃除に来ただけでね?様子見にね。でもしっかりされた人がいた方が私も安心出来るわ。ご丁寧にありがとう。頂きます。娘にしっかり伝えておきますね。」
一ヶ所だけとは言え、人が出て来てくれて優しく言われた事でほっとした。
他の所は何度も行くのも悪いので、メモに短く書いて貼り、ドアポストに入れた。
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205号に引っ越して来ました。
ご迷惑をおかけしない様に気を付けますが、何かありましたら暖かく注意して頂けたらと思います。
よろしくお願いします。 河田
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どの部屋からも返事はなく、右隣に住むお兄さんと大学に行く朝にばったり会い、ぺこりと頭を下げられて、
「あ!あれ、君か?河田、さん?タオル!」
と言われた。
「あ、はい。河田です。よろしくお願いします。」
「ご丁寧にどうも。こちらこそよろしく。仕事が忙しくて朝早くて帰り遅いから、夜中に騒ぐのだけ止めて頂けたら、よっぽどね?」
と笑顔で言われた。
「あ、はい。夜中は大丈夫です。日中の掃除機は大丈夫でしょうか?」
「それはうちもお願いしたい位です。」
笑顔で言われて、ほっとした。
挨拶をして階段を降りた所でもう一度会釈して別れた。
取り敢えず、右隣に住んでいる人がどんな人か分かって、しかもいい人そうで本当に安心していた。
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