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1.桜の木の上には少女が潜んでいるらしい
「……よし」
ネクタイ、きちんとしまっている。襟、曲がってない。汚れもない。
窓に映る自分は、見慣れた紺色のスーツ姿。
でも、その後ろに映る風景は懐かしい。
黒板。ずらりと並んだ同じ背格好の机。
深呼吸すると、思わずむせてしまうような、チョークの独特の匂いが鼻に入り込んできた。
ふと窓の下を見ると、揃いの制服を着た少年少女が歩いていた。
ある者は堂々とした足取りで。ある者は緊張気味に。
やけに目をキラキラと輝かせた女子生徒が校舎の中へと吸い込まれていった。
「懐かしいっすか?」
振り返ると、俺と同じようなスーツ姿の男性がへらりと笑っていた。
「そうですね。自分の時を少し思い出しました」
「月嶋先生は、ここの卒業生でしたっけ。たしか生徒会長もやってたとか」
「ええ、まあ」
あれからもう十年も経ったのか、とありきたりな感想が頭の中に思い浮かぶ。
と同時に、彼の言葉がひっかかる。
「あの、先生は止めてくださいよ。俺、教師じゃなくて『講師』ですから」
「細かいことはいいんすよ。生徒から見れば、学校にいる大人はみんな『先生』っすから」
「そういうものですか……菅原先生」
そういうこと、と彼はうなずくと、ドアの方を視線で示した。
「そろそろ時間っすよ」
こくりとうなずくと、彼の後について廊下へと踏み出した。
「ようこそ、私立羽咲学園へ……いや、おかえりなさい、の方が正しいっすかね」
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