1.選ばれた側の話

2/3
前へ
/7ページ
次へ
 バイト先で日々をともに過ごすうちに、俺はますます卯月さんに対する思いを募らせていった。初対面の時に惹きつけられたのはその外見が理由だったが、彼女の人となりを知るにつれ、その内面の方にも魅了された。  最初は、彼女と俺がたまたま同じ映画のファンだったことから、会話が弾むようになった。やがて俺は、卯月さんに個人的な悩み――もちろん、彼女への恋情に関するもの以外――の相談にも乗ってもらうようになった。  初対面の時はなんとなく気弱そうに見えた卯月さんだったが、話してみると俺より三つ年上なだけあってか大人の女性らしい包容力があり、その一方で子供っぽい悪戯を仕掛ける一面もあった。そんなところもまた、俺の目には魅力的に映った。  しかし軽々しく女性に手を出してはならないと自らを戒めていた俺は、それでも彼女との関係を単なる友人以上のものに進展させることを躊躇っていた。  いや、言い訳をするのはよそう。  あくまで友人として彼女と仲良くなってしまった俺は、下手に男女の関係になろうとして断られ、逆に彼女と気まずくなってしまうのが怖くなったのだ。  彼女と友人以上の関係になりたいという思いが消えたわけではなかったが、今のそれなりに居心地が良い関係を維持するだけでもべつに構わないのではないか――とそんな逃げの姿勢を脱することができなくなったのである。  だが、サークルの先輩である天川乙也さんが同じ店で働き出したことで、俺はそんな悠長に構えていられなくなった。  天川さんは、男子の後輩にとっては間違いなく良い先輩だった。面倒見が良く、教えるのは上手く、会話もウィットに富んでいる。  問題は、その女癖の悪さである。  面倒見の良さに関しては男女分け隔てが無いのだが、そうして仲良くなった女子の後輩に対してはすぐに手を出そうとするのだ。  悪いことに、天川さんは口が上手いのに加え、容姿の面においてもどこかの芸能事務所にスカウトされてもおかしくないくらいの美男子だった。  大学内においては、天川さんが女たらしだという情報はそれなりに共有されていたはずなのだが、人というのは魅力的な異性に甘い言葉を囁かれると自分だけは特別だと思ってしまうものなのだろうか。彼とつきあっては浮気をされ、泣くことになる女子は後を絶たなかった。  そしてその天川さんが、俺達のバイト先に来て早々に、卯月さんに目をつけたのである。  天川さんは持ち前のコミュ力の高さを駆使して、あっという間に卯月さんとも打ち解けた。  浮気性だと知られている大学内ですら、高確率で女性を口説き落とせる天川さんである。ましてや彼の実態を知らない卯月さんともなれば、このままいくと彼と深い仲になってしまうのは時間の問題に思われた。  たとえそうなったところで、今の俺には文句を言う資格なんて無い。  俺は、卯月さんの彼氏でもなんでもないのだから。  それでも、俺はあの二人がつきあうことになるのは嫌だった。  もし天川さんが誠実で卯月さんを幸せにできるような男だったとしても、やはり俺以外の誰かが彼女とつきあうのは嫌だっただろうが、この場合は天川さんが俺の親父のような浮気性の男であるだけになおさら嫌だった。  客観的に見れば、俺に対しての天川さんは面倒見の良い親切な先輩以外の何ものでもない。そんな良い先輩を嫌うのは筋違いだとも思えたが、それでもやはり俺は彼が好きになれなかった。  そして、そんな天川さんに弄ばれて卯月さんが泣くことになるのをただ黙って指をくわえて眺めているなんて、とてもじゃないが耐えられなかった。  だから俺は、思い切って卯月さんに告白することにしたのだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加