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2.選ばなかった側の話
「いつかきっとお父さんが迎えに来てくれて、家族みんなでいっしょに暮らせるようになるから」
母はいつも、私にそう言い聞かせていた。
幼い頃は私もそれを信じていたが、中学生になる頃にはさすがにもう、それが母の嘘であるということに気づいていた。
嘘というよりは、現実逃避の妄想と言った方が良いかもしれない。母自身は恐らく、自分が嘘を吐いているとは思っていなかっただろう。あるいは、自分自身に対しても嘘を吐いていたというべきか。
父と私が最後に会ったのは、私がまだ三歳の時だったという。そのわりに私は父の顔をはっきりと覚えているのだが、それは母がことあるごとに父の写真を見せてきたからかもしれない。今ではもう、記憶にある父の姿が実際に会った時のものなのか、それとも写真で見ただけのものなのかも曖昧になっている。
これは後から聞いた話だが、私達のもとを去る時、父は私達を住まわせていたマンションを母の名義に変更し、私の養育費も一括で払っていったという。それができるだけの財力があったからというのもあるだろうが、子供の養育費を月々ではなく一括で払っていくなんて、今後関わるつもりはないという意思表明みたいなものではないか。母はそれを理解できなかったのか、それとも理解したくなかったのか。
母には一時、愛人から本妻へと昇格できる目もあったようで、その束の間の夢が彼女を縛り続け、現実を受け入れるのを阻んだのかもしれない。
言うまでもないことだが、妻と別れてお前と結婚する、などというのは不倫男が口にする果たされない約束の典型である。
ただ、その当時、父とその本妻の間には子供が無く、一方で母との間には娘の私がいた。父の家が跡継ぎを必要とする名家だったこともあり、なかなか子供のできない本妻は父の親族一同から白眼視されていて、父に離婚を勧める声も実際にあったのだという。
しかし結局それも、本妻が男児を出産したことによりひっくり返った。
古くからある名家では、やはり男児の方が望まれるのか。
それとも、最初から離婚するつもりなどなかったのか。
ともあれ父は、私と母よりも、本妻とその息子を選んだ。そして、息子が生まれたことで今更ながら心を入れ替えて家族を大事にしようとでも思ったのか、母と――そして私とも――縁を切ることにしたのだ。
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