2.選ばなかった側の話

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 二十年近くにもわたり現実から目を逸らし続けてきた母がついにそれと向き合わざるを得なくなったのは、一昨年のことだった。  父の死が、ニュースで報じられたのだ。しかも殺人事件で、犯人は父の愛人だったという。  このニュースは、二つの現実を母に突きつけた。  父が自分達を迎えに来て、親子揃って暮らせるようになる日は、決して来ないということ。  そして、自分は妻どころか愛人としてすら、もう選ばれてはいなかったということ。  翌日、私が大学から帰宅すると、母は風呂場で手首を切って倒れていた。そしてそのまま、帰らぬ人となった。直視させられた現実を受け入れて生きていくには、母は弱すぎたのだ。  母の死は、事件性の無い自殺として処理された。  でも、私だけは知っている。  私が発見した時、母はまだ息があった。すぐに救急車を呼んでいたら、恐らく助かっただろう。それにも関わらず、私はわざと手遅れになるまで救急車を呼ばなかったのだ。  だから、母は私のせいで死んだと言っても間違いではなかった。  私は、自分の親を死なせた罪人だ。  私が母を死なせたのは、仮にここで一命を取り留めたところで母が救われないことに変わりはないと思ったから、というのもある。  けれど、一番の理由は、母が私を見てくれることはもう無いと悟ったからだ。  いや、それまでだって、母は一度として私自身を見てくれたことはなかった。  母と私は血が繋がっていて、その私と父も血が繋がっている――そういった父との繋がりの証としてしか、私は見られていなかった。だから繋がる先であった父の死と同時に私への関心も消え、私に何も告げず、遺書一つ残さず、一人で死んだのだ。私のことなんて既に視界に入っていなかったからこそ、死ぬ前に私に相談することどころか、いっしょに死のうと誘うことすら思いつかなかったのだ。  いつか家族でいっしょに暮らせる日が来ると信じ続けていた母を、私は内心で蔑んでいた。そんなことが本当にあるわけないだろう、と思っていた。  しかしその可能性が実際にゼロになった時、私は自分が思っていたよりもショックを受けていることに気がついた。  あれほど母を馬鹿にしていたというのに、私自身、心のどこかでは家族がいっしょに暮らす夢を捨てきれていなかったのかもしれない。  でも、私の家族はもう誰もいない。  父が死に、母も死んで、私と繋がっている人はもう誰もいなくなった。  そんな折、バイト先で知り合った男性に告白された。それまで特に異性として意識したことはない相手だったが、親切で良い人だなくらいには思っていた。そして、家族を失って一人きりになってしまった寂しさから、ついすがりつきそうになってしまった。  けれど、あと少しで告白を受け入れてしまいそうになったその時、私は急に怖くなった。  実の母をわざと見殺しにした罪人である私の人生に、他人を巻き込むことなど許されるのか。  お前さえいなければ、人殺しとは縁遠い清浄なものとなるであろうこの男の人生を、お前は穢すつもりなのか。    そう囁く声が、頭の中で聞こえた。    無理だった。  私には、無理だった。  他人の好意に甘えて、他人の人生を穢してしまうことへの責任など、重すぎて負えなかった。  結局、私はその告白を断った。  そして悟った。  私は、ひとりぼっちだ。  今だけでなく、この先もずっと。  他人を巻き込む覚悟は無くて。  でも、家族はもう誰も残っていなくて。    ……その時、ふとあることを思い出した。
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