2.選ばなかった側の話

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 父がどこに住んでいたかは、以前から知っていた。母は私に教えようとはしなかったが、地元では名家であるだけに、簡単に調べることができたのだ。  私は物陰に隠れて、その家に出入りする人を見張った。  一人目と二人目は、年齢や性別から考えて明らかに目当ての人物ではなかった。  三人目に、まだ少年と言っても良いかもしれない若い男が出てきた時、私はすぐに確信できた。その人は、写真で見た父の面影を色濃く受け継いでいたのだ。  それから私は、彼の尾行を始めた。  彼とその友人との会話を盗み聞きし、そこから彼の下の名前や実名登録制SNSを利用していることなどが分かると、そのSNSへの投稿も遡れるだけ遡って調べた。  そして彼について知れるだけのことは知れたと判断した時、私は直接彼と接触することを決意した。  彼の前に姿を見せる日に備え、私は髪型をある映画の主演女優に合わせ、服も似たような雰囲気のものを集め、話し方すら練習してその女優に似せた。彼がその映画のファンであり、またその女優が好みのタイプであることをSNS上で公言していたからだ。  正直言って、そんな小手先のテクニックを弄したところで彼の気を引けるかは賭けだと思っていた。実際に彼と顔を合わせる段になって、大して似てるわけでもないくせに半端に真似をしている紛い物として逆に不快感を抱かれるのではと不安にもなった。  しかし私を見る彼の表情を目にした時、私はその不安が杞憂に過ぎなかったことを知った。  私は、賭けに勝ったのだ。  もっとも、そこから先の展開には思いのほか時間がかかった。  SNSの投稿から、彼は顔こそ似ていても父とは全く違うタイプ、というか父のようにはなりたくないと考えているのは察していた。しかしそれを考慮に入れた上でも、あそこまで進展が遅いとは思わなかったのだ。  そんな時に、いかにも女慣れしていて手が早そうな男が現れて私に関心を示したのは、私にとっては僥倖と言えただろう。私の方はその男に興味など無かったが、それを悟られないように振る舞った。  そうすることで、この停滞した状況を動かせるのではないかと期待したのだ。  そして、その後の展開は私の期待通りに進んだ。
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