二話

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二話

「桜が満開で綺麗ですよ」  いつも身の回りのお世話をしてくれている看護師さんの何気ない声かけ。長年の入院生活で自分の殻に籠っていく僕を心配してくれてのことか気がつけば毎日僕に話しかけてくれるようになっていた。だけれど僕にはそれに応える気力は湧かず適当に頷いたりぼーっと聞き流したりするのだった。偶然その日その時は尿意を催していて、重い身体を起こしトイレに立つついでに窓の外を眺めた。見飽きたと思っていた窓からの眺めは、僕の心とは裏腹に咲き乱れる桜がとても華やかで、自分の現状とのギャップに思わず涙が流れていた。数秒だろうか、朧げな桜に目を奪われているとどこからか視線を感じ、その方向に目をやると女の子がいた。その子はふわふわと宙に浮き不思議そうな顔で僕を見ていた。不思議なのはそっちだろうと思い同じように見つめていると見られていることに気がついたのか慌ててどこかに隠れてしまった。幻覚症状も出ましたと看護師さんに報告すると忙しそうに先生がやってきて最近では少なくなっていた質問責めをされることになった。それが終わると僕は窓を見てやはり枕に潜るのであった。  その日の夜だろうか、入院してから時間の感覚が狂っている。とりあえず夜遅くに目が覚めた。部屋の明かりを付け明るさに眼が慣れるまで布団の中でもぞもぞとする、一人部屋の特権だ。次第に目が慣れてきて亀のように布団から顔を出す。するとお相手もカーテンから顔を出した。昼間に見た幻覚の女の子だった。彼女は目をぱちくりとして声を発した。 「どうして昼間は泣いていたの?」  彼女は当たり前のようにそこにいて僕もまた当たり前のように受け入れている。 「桜は綺麗で見ていて楽しいのにどうして涙を流してたの?」 ここまで鮮明に見えるのは自分の想像力故なのか、あるいは・・・。そこまで考えていると彼女はむすっとしたような悲しそうな顔になった。 「あれ?やっぱり見えてないの?」 僕は彼女が見えていることと昼間に泣いていた理由を話した。その間彼女は自分のことのように驚き悲しんでくれた。一通り話すと彼女は納得してくれたようで今度は僕から質問をしてみた。どうして浮いているのか、どこからやってきたのか、あなたは誰なのか、名前はあるのか、思いついたことを一通り聞いてみた。いくつも同時に聞かれ困ったような顔をしてゆっくり答えてくれた。自分は四季を伝える神の使いであること、だから浮けること、空の上か地中奥深くからやってきたこと、名前はリリーだということ。僕は何故かそれらをすんなりと受け入れることが出来た、自分も常識には当てはまらないタイプの人間だからかもしれない。彼女は自分を見ることのできる人間で出会えたことが嬉しかったようで夜も遅いのに人の目も気にせず大はしゃぎしていた。  朝、看護師さんがカーテンを開けてくれていた音で目が覚めた。どうやら寝てしまっていたらしい、昨日の子が天井近くをふわふわしている、夢でもなかったらしい。それからは毎日のように看護師さんや先生のいない間はリリーと話をした。彼女は花が好きらしくいろんな花を持ってきてくれた。部屋に飾ることはできなかったけど代わりに僕の心は満たされていった。
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