三話

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三話

 リリーと出会って幾月か経ち外からはセミの鳴き声がするようになった。先日、僕が好きだと言っていた花を彼女が持ってきてくれた時にその花にセミの抜け殻がくっついていたことがありその時はリリーに負けないくらいに笑った。彼女は悔しそうにしていたが初めて笑ってるところを見たと言って嬉しそうにしていた。そういえば思いきり笑ったのは何年ぶりだろう。彼女との出会いが僕を大きく変えていると自分でも実感し始めた時のことであった。  原因不明で世界でも希少な病例のために国が入院費やその他の検査費の多くを負担してくれてはいたが、様々な検査にかかるお金全てを負担してくれているわけではなかった。そのため僕の両親は治療費を稼ぐために二人とも夜遅くまで働いてくれていた。しかしそれが祟った。母が過労で倒れたらしい。僕はそれを聞いた時に自分の情けなさに激しく怒りを覚え、同時に無力さに打ちひしがれた。どうして自分は生かされているのだろうと悩み眠れぬ夜が続いた。周りの大人たちも心配してくれたが、自分さえいなければみんなも苦労することは無くなるのにと思うとその好意から目を背けたくなる。  だけどリリーだけは再び自分の殻にこもり始めた僕を許さなかった。彼女は僕を毎日励ましてくれた。布団に潜って聞かないようにしても布団をすり抜けて入ってきた。僕は諦めることを諦めるしかなかった。でもどうしたらいいんだと彼女に相談するとリリーは自信満々に任せなさいと言った。それから数日経つと母も元気になり、また病室での日常が戻ってきた。結局リリーが何かをしたのかどうかはわからなかった。  世間の学生が夏休みだと浮かれていると愚痴っているとリリーは疑似海水浴だと言ってコップの水をぶつけてきた。傍から見ればポルターガイストでしかないがその時は注意する気にならず負けじと水をかけ返した、水はそのまま彼女をすり抜け窓から地上に降っていったようで後で先生に叱られた。  今思うとこの頃にはもう体のだるさは無くなっていたのかもしれない。  窓から見える登下校中の学生たちの制服が冬服に変わり始めた頃、リリーに最近身体が軽くなっていて気分が良いと話していた。すると彼女は少しきまずそうに自分のせいかもしれないと言った。夏頃に僕の母を治した時にかけた魔法が僕にも影響してるのかもしれないと。母はよく部屋に来てたからありえると。あああの自信はそういうことだったのかと僕は彼女にお礼を言った。彼女はやはり気まずそうに頷いた。  それから数日後のことだった。リリーが始めて見せる重苦しい顔でやってきた。どうしたんだと聞くと、話さなければいけないことがあると言う。僕も彼女の雰囲気に合わせて覚悟を決めて聞いた。 「私は四季を伝える使いではなく死期を伝える死神だった。だけど回復の効果が君にも出てるから病気で死ぬことは無くなったはず。いつ死期を伝えようか迷ってて言うのが遅くなってごめんなさい!」 彼女はそうゆっくりと話すと僕の様子を窺うように宙から降りてきた。しかし僕は何とも思わなかった。死神でも友達のようなな関係でいられるなら種族なんてなんでもいいし、もう病気で死ぬことが無いなら彼女が謝る理由も無い。何より命を救ってくれた恩人じゃないか。そのまま彼女に伝えると彼女らしい様に戻って笑顔になった。でも他の死神には怒られそうだなと言うとしょんぼりしていた。  僕の担当の死神であるリリーはとりあえず予定されていた死期まではここに居なくてはいけないらしい、そして元の居場所に帰りその後の予定を決めるようだ。それまでの間たくさん遊ぼうと僕たちは計画しあった。僕はその頃にはもう外に出れるぐらいに束縛が解かれていて、走り回ってもあまり息切れしなくなっていた。リリーはこれまで見せてくれた花が植えられていた場所をたくさん紹介してくれた。その多くは病院の近くのものであったがあのセミの抜け殻がくっついていた花、アゲラタムは少し遠くから見つけてきたという。僕は先生に頼み込んでちょっとした距離ならと遠出の許可を得ると彼女と一緒に病院を出発した。その日はちょうど僕が死ぬとされていた日だった。  この病院に来てからは一度も病院周りから離れたことが無くとても新鮮だった。元々住んでいた町よりも発展していて車も多く走っていた。僕たちは気を付けながら目的の場所まで歩いた。途中で彼女が美味しそうなたこ焼き屋さんを発見した。僕は買い食いというものをしてみたくてすぐさま買った。8個入りで800円、1個100円なら普通かななんて思いながら食べた。病院でもたまに食べさせてもらったことはあるけどそれらよりも遥かに美味しかった。物欲しそうにしていたリリーにも食べさせてあげようとしたが、たこ焼きは彼女をすり抜けた。彼女は笑ってデートみたいだねと言い、照れくさそうに飛んで行った。彼女がいないと花の場所に行けない、僕はたこ焼きをしまって彼女を追いかけた。道行く人々は彼女が見えていない、都会の街中を走る少年を不思議そうに見てくる。そのせいで待ってと声をかけることも出来すマイペースに進んでいく彼女との距離は大きくなっていく、次第に息が切れてきた、ちょうどそんな時やっと彼女は立ち止まってくれて何やら屋台を見ている、僕ははぁはぁと息を吐きながら彼女に近づいていく。慣れない街と久しぶりの全力疾走と、間に合ったという安心感、それがいけなかった。ようやく振り向いた彼女の前に僕はいなくて、ぐちゃぐちゃになった僕を囲む野次馬たちに彼女の泣き声に気付ける人はいなかった。
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