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カラオケ、ありがとう、証
「ほれみろ。マグレなんかじゃねえじゃん。オレの方が上手い」
「同じ自分っていうのが余計ウザい。そんなに時間経ってないのに何がそうさせるんだよ」
「春休み中アプリ入れてめっちゃ練習しまくったんで。そりゃ九〇点代出せる曲増えなきゃ困るから」
「暇人かよ」
「るっせ」
アムカと二人でカラオケに来ていた。ごっごっとお茶を一気飲みした。何曲も何曲も歌っていると流石に飽きてくる。どんなものも、限りがあるからこそ輝けるのだろうか。つまらなかった中学生活も、いつまでも歌えるカラオケも。
懐かしい曲を入れた。アムカもオレも歌える曲。
「これが最後かね」
「ああ。何入れたんだよ」
「最後にふさわしい曲です」
「ほーう」
聞きなれたメロディーが流れ出す。アムカの目が、すい、と細くなった。二人でマイクを構える。
前を向きなよ
振り返ってちゃうまく歩けない
遠ざかる君に手を振るのがやっとで
声に出したら引き止めそうさ
心で呟く “僕は僕の夢へと 君は君の夢を”
あたりまえの温もり失くして初めて気づく
寂しさ噛み締めて歩みだす勇気抱いて
溢れだす涙が君を遮るまえにせめて笑顔で“またいつか”
傷つけ合っては何度も許し合えたこと
代わりなき僕らの証になるだろう
文化祭。卒業式。どっちでも歌った曲だ。アムカは当然のようにソプラノを歌うので、オレが主旋律を歌うより他ない。
にしても。
“我侭だ”って貶されたって願い続けてよ
その声は届くから 君が君でいれば
僕がもしも夢に敗れて諦めたなら遠くで叱ってよ
あの時のようにね
君の指差すその未来に希望があるはずさ
誰にも決められはしないよ
一人で抱え込んで生きる意味を問うときはそっと思い出して
あの日の僕らを
「くっはー、やっぱエネルギーいるな、って、はあ⁉︎ 何⁉︎ 何泣いてんの⁉︎」
「にしてもさあ……にしてもいい歌詞すぎねえ? 改めて考えたらマジ涙出てきたんですけど。初っ端から破壊力エグイだろ……」
色々と思い出してしまう。そうこうしているうちに間奏も進んでいく。きっとアムカは最初歌わないだろう。涙を拭き、鼻をかんだ。
“またね”って言葉の儚さ 叶わない約束
いくつ交わしても慣れない
なのに追憶の破片を敷き詰めたノートに
君の居ないページは無い
溢れだす涙拭う頃君はもう見えない
想う言葉は“ありがとう”
傷つけ合っては何度も笑い合えたこと 絆を胸に秘め
僕も歩き出す
曲が、終わった。終わりのない曲なんてない。曲に終わりがあるように、カラオケにも、中学生活にも、恋にも、命にも、終わりが来る。いつか終わってしまう。立ち上がった。
「おい、置いてくなし」
「オレ、やっぱまだ歌うわ。じゃあ、またね」
「は? じゃあなんで立ったの」
「ビール。ビール欲しい」
「はぁ?」
「アンタだって飲んでたじゃん。そーゆー気分なんですー」
「酒に逃げんのかよ」
「いや酔うほど飲まねーし。酒に逃げたところで何にも変わんねーだろ。ってことで。じゃ、またね」
「はいはい。気ィ付けろよ」
「わーってるって」
部屋の外を覗くと当然のようにあるビールを手に戻る。この苦味にも慣れてきてしまった。
「……好きだよ」
一人ぽつんとそう言った。そう言ったら、ずっと昂希を帰せない気がしたのだ。高校が別で。だから本当に、悲しかったし寂しかったけど、『君は君の夢を』と心で呟いたのだ。まあ、昂希は将来の夢を本当に持っていない人だったが。卒業して初めて、彼の大切さ、貴重さに気付いた。いつも、中二以降の思い出の中には、いつも昂希がいる。でも、オレは彼に一度も『ありがとう』と言っていない。言えばよかった。伝わっていないかもしれない。でも、きっと彼ならわかってくれるんじゃないか。勝手にそう思っているが、どっちでもいい。君にはもう言えないけれど、オレは確かに、『ありがとう』と思っているから。傷つけあった、バカにしあった。でも、いつも、笑えた。
「ビール、苦いな」
マイクを手にした、曲を入れた。歌って歌って、喉が裂けそうなほど歌った。一つ一つの曲に、自分と、昂希と、親友と、他のたくさんの人を重ねながら。こういうところだよなあ、と笑った。他人の作った言葉に己をはめることでしか、自分を納得させられない。寝ないで歌い続けた。知っている曲、浮かんだ曲は次から次へと。九〇点台なんてほとんど出なかった。そりゃそうだ、九〇点台を出せる曲はもうアムカといた時に歌ってしまったのだから。歌った。何かに憑かれたかのように。何かを一生懸命吐こうとするかのように。
現実にいる坂口香乃。オレがここにいるということは。アンタはオレを、閉じ込めて。絆を、証を、胸に秘めて。振り返るのをやめて。前を向いて歩き出したということで、いいのかい? 過ぎたことを振り返って、オレをそっと取り出す機会は、大人になればいくらでもある。
でも。いくらそう思っても、わかっていても。オレは、オレを捨てた坂口香乃を羨まずにはいられない。こんなオレは、まだまだ子供だ。
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