下僕、スポットライト、普通

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下僕、スポットライト、普通

小学生以下の自分はまずいなかった。みんな、成長に必要なものだったか、自然に消えていったのだろう。確かにあの頃のオレはなにかを捨てようなどとは思わなかった。全てが特別だった、大切だった。恨めしいくらい。だからこそオレは、小四の自分に会いに来たのだ。 「何歳?」 「高一」 「そっかー、そんなに大きくなったんだ。てか、全然違うじゃん!」 彼女は、幼くて、髪が長くて、前髪がない。顔つきだって全然違う。 「アンタは誰?」 「んー、上手く言えないけど、人前で褒められたいって思う自分、って言えばいいかなあ?」 ああ。わかった。 「ねぇ、今も千咲(ちさき)ちゃんと仲いいの?」 元からあれは仲いいって言わないでしょ、あれはただ下僕だっただけじゃん、そう言いたくなったが、彼女を傷つけるのが妙に怖くて、そうできなかった。千咲ちゃん。田辺千咲(たなべちさき)。懐かしい。 「話す時は、話すよ」 「ふうん。そっか」 どうして彼女は、そう聞いて悲しそうに笑うのだろう。今までだってどの自分にも聞いた質問だろうに。理由はわかる。自分のこと、自分も経験したことだから。でも、そんなの本当は間違っている。そう言ったところで、彼女に通じるわけもないが。 「あー、えっと、」 「オレ、ピストルスターって呼ばれてる」 「あ、そうなんだ。じゃあそれでいいか。でもピストルスターってなに?」 「さあね。で?なんか聞きたかったんじゃないの」 「あ、うん。ピストルスターは、誰?」 この可笑しな自己紹介にも慣れてきてしまった。 「オレは黒川昂希が好きな坂口香乃だよ」 「くろかわこうき……あっ、お姉ちゃんの友達の弟、だっけ?確か隣のクラスにいる」 オレが昂希と初めて話したのは中二の時。だから彼女にとっての昂希はその程度なのだ。それは仕方がないし当たり前のこと。そうじゃない。自分がイラついているのは、そこではない。 「…………うん、そ」 「あの人のことよくわかんないけど、ここに来るくらいならいい人だったってこと?」 「……そうなんじゃない?」 今日オレはどうしてここに来たのだろう。 昔の自分は、至って“普通”だった。自分は目立ちたいし、褒められたい。子供によく見合った子供だった。でも、小四の時、変わってしまった。小一の時仲が良かった子と一緒に学校へ登下校するようになったのだ。もう一人そこに加わり、三人グループになった。小一の時仲が良かった子、千咲ちゃん。もう一人の子は、夏実(なつみ)ちゃん。きっとずっと仲良くやっていける、そう思っていた。でも、千咲ちゃんは変わっていた。その頃の頭の良さは、夏実ちゃん、オレ、千咲ちゃんの順。その順は今も変わらない。テストの点数は似たり寄ったりだった。でも、点は近くて、オレが夏実ちゃんを越すことはあっても、千咲ちゃんがオレらを越すことはほんの少ししかなく。千咲ちゃんはすごく嫉妬深くなっていた。百点を取りたくない、褒められたくない、そんなこと思うようになるなんてそれまでのオレが思うわけもない。だけど、先生に褒められたくなくなった。ちやほやされたくなくなった。そうなると、千咲ちゃんは無視するから。オレの友達を奪ってしまうから。でも、オレは千咲ちゃんから離れたくなかった。どうしてか、その時はわからなかったけど。 やがて、千咲ちゃんといることに苦しくなってしまったので、オレたち三人グループは夏実ちゃんの意見により“解散”をして、一人一人別な人と付き合おう、そうなった。でも、千咲ちゃんは解散した後、オレが仲良くしていた人を、みんな奪ってしまった。オレに近づけてくれなかった。みんな、そんな千咲ちゃんが怖かった。千咲ちゃんは先生に好かれていたし。逆らったらどうなるかわかっていたし。なにもできなかった。夏実ちゃんは、別な人と仲良くなって、一緒にバカにしあったり、楽しそうだった。千咲ちゃんは新しい“仲間”を手に入れた。オレは、一人になった。その後結局、新しい“仲間”を下僕にできなかったのか、千咲ちゃんはオレのところへ来た。オレの友達が、千咲ちゃんに連れて行かれて、またちょっとしたことで無視されて、辛い思いをするくらいなら。じゃあ、そんな思いをするのがオレだけでいいなら。オレが千咲ちゃんの忠実な下僕になれれば。 オレはまた千咲ちゃんと付き合うようになった。そして、目立ちたい、褒められたい、そんな自分を捨てた。主役は千咲ちゃんに譲ろう、オレはスポットライト係でいい。それで、みんなが平和に観客で居られるなら。時々気を利かせて笑ったり悲しんだりするふりをするくらいで済むなら。彼らが無理にスポットライトを回させられる必要はない。オレが、彼女を照らすため、一番暑く、狭く、暗い場所にいよう。 そう思って、自分を捨てたときから、オレはもう“普通”ではなかったのだ。小学を卒業するそのときまで、オレは千咲ちゃんにただただスポットライトを当て続けた。彼女といるのは辛くても、彼女を味方にすれば、本当に一人になることはないから。 『中学でも同じクラスがいいね!』そう笑う千咲ちゃんに、オレも『うん』と最高の笑顔で言ってみせた。 中学で夏実ちゃんは別の中学に合格し、千咲ちゃんとは、クラスも、階も遠くなった。体育で一緒になることも、部活が一緒になることも、委員会が一緒になることもなかった。 今更オレがみんなと同じように“普通”になろうとしたところで、小四で捨てた自分を拾わずしてそうなれるわけもない。誰だって、言ってしまえば自分が一番可愛いのだから。褒められるのが怖い人なんているだろうか。気づくのが遅すぎた。クラスに仲がいい人がほとんどいないクラスになって初めて気づいた。もう自分は誰かの機嫌をとって笑わなくていい、無理に友を演じなくていい。自分だって千咲ちゃんが大嫌いだった、でも利用していた。自分のために。 みんな利用し合うんだ、上辺だけなんだ。悟ったように諦めた。愛想笑いを捨てた、人を信じることをやめた、周りに受け入れられようとするのをやめた、小四の自分は拾わなかった。孤独を選んだ気になった。 そんな中オレは、少し疎遠になっていた人、小二の時に親友を誓った小方千花子(おがたちかこ)とまた付き合うようになった。クラスこそ違ったものの、部活と委員会が同じで、毎日一緒に登下校するようになった。彼女の可愛いのは名前だけで、男子からは『親方』とすら呼ばれていた。コミュ障で人間不信の小方とは気がぴったりと合った。彼女は夏実ちゃんと同じ中学を受けて落ちている。でもオレはそれが少し嬉しかった。この気持ちは小方と高校が分かれた今も確かにあるし、彼女に言ってもいない。小方に悪いなと思いつつも、その気持ちは特別悪いものではないと思っている。そのお陰でオレは救われたのだから。ギリギリのところで、繋ぎ止めてくれたから。 小二の時小方とは散々喧嘩したが、中学になるとそんなことはしなくなった。中学の間喧嘩したことはない。もっとも、周囲からすると常に喧嘩しているようだったらしいが。おまけにお互い二人でいる時は殆ど無表情なものだから、余計不仲に思われた。逆に爆笑する時は物凄いので、周りがどん引く。それは、小方の前だと何も作る必要がなかったから。 そんなこんな、中学時代クラスが同じになったことはなかったが、オレと小方は学年一とも言えるような親友になった。足枷を捨てたオレは、大切な、本当の仲間を手に入れた。 「千咲ちゃんや昂希とそのあとどうなったかわかんないけど、なんか、アレだね」 「何」 「なんか、色々諦めてるみたい」 ふ、と笑った。実際そうだ。人を信じること。好かれようとすること。諦めてしまった。でも、実際には孤独を選んだ気になっていただけで、クラスにはごく少数ながら仲良くしている人もいた。きっと、彼女たちは友達と呼べるのだと思う。オレが信じられないだけで。クラスで本当に一人になるということには、かなり面倒なものも付いてくるから。先生の無駄な親切などがその筆頭だ。オレはどこかで、実体のない“普通”を追い続けていたのかもしれない。 「上辺だけのオトモダチをたくさん持つよりも、深く狭くの方がよっぽどいいもんだよ」 「そう、なの?」 「そ。まだまだガキのオレが言えた話じゃないけど、少なくとも今のオレには、そっちの方が断然いい」 「私の未来はそんな感じなのかあ」 小四の俺は、未来を閉ざされたようにでも感じたのだろうか。そう思いつつも、それが現実であるのに変わりはない。 オレが今日小四の俺に会いに来た理由は、彼女の家を出ても、こじつけを見つけることすらできなかった。
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