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花曇り、理想郷、後ろ姿
ここは、どこだろう。
ぼんやりした頭でそんなことを考えた。
自分の部屋ではない。それはわかった。自分は地面に寝転がっているらしい。掌を握ると、チクチクした芝が手に当たる。痛気持ちいいに近い感覚。でも芝がすっかり揃えられているわけではない。自分の頭の近くにはタンポポやハコベなんかもあるから。波の音もする。広がる空は曇天…ではない。花曇り、的なやつだ。まるで理想郷だ、とぼんやり思った。オレにとっての、理想郷。そんな気がする。
「あ、いたいた」
突然声がした。どこかで聞いたことがある声だな、と思って声がした方向を見る。
「う、わ」
「なんだし、もっと驚いてよ」
キャキャ、と笑うのは……ドッペルゲンガーだろうか。自分がもう一人そこにいた。
「え、なに、オレそろそろ死ぬわけ? 変なの見えるんだけど」
「変だよね!私も最初そう思った! 自分がいっぱいいるってやっぱおかしいよねー」
ああ、イライラする。この“オレ”は昔のオレによく……というか驚くほど似ている。
「とりあえずおいでよ、家に行こ?」
「家」
「そ。アンタの家」
「…はあ」
なんとなしについていくことにした。それにしてもここはどこなんだろう。今更ながら、またそう思った。
「アンタは誰なの」
「ん? 私? まあ、そのうちわかるんじゃない? アンタが私をドッペルゲンガーだと思ってるならそれでいいよ。私だって最初はそう思ったもん」
性格まで似ていて余計腹が立つ。仕方がないのでドッペルゲンガーということにしよう。そもそもこれが現実だと決まっているわけでもないのだから。
「はい、ここが君の家なんじゃないかな」
「なんじゃないのかな、ってのは?」
「今日ぽっと出てきたところだからね。ちょっと探してみたら君がいた。それだけだよ」
なにがそれだけなのか。わからないこと続きで考えるのも嫌になった。
「へえ、いいところだね。ぱっと見」
「ホント」
森の中の小さな家。まるで物語の中みたいだ。小川が流れていて、何か生き物もいそうだ。小さい花壇と畑。家は小さいけれどまるで自分の好みをぎゅっと詰め込んだようだ。シンプルイズベスト。田舎こそ正義。そんなオレとしてはとても満足だ。
「で? オレはここで暮らすわけ?」
「うん、そういうこと。ここの世界には基本生理的欲求はないけど、何か料理したり食べたりしたいと思えばそうできるし、寝たいと思えば寝れる。多分アンタは自由だよ。何をしてもいい。家を見ればアンタが、……ここを管理してる人、って言えばいいかな。その人から大切にされているのはよくわかるから。生活してりゃわかってくるよ。じゃ、私は帰るね。なんかあったらまた聞いて〜」
彼女は手をぶんぶんさせながら帰っていく。本当に今の自分と昔の自分じゃ大違いだ。彼女をぼんやり眺めながらふと思った。そういや、自分の後ろ姿なんて初めて見たな…と。
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