欲しがったもの、フォー・キール、偽物最高の出会い

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欲しがったもの、フォー・キール、偽物最高の出会い

「おかえり」 「……わざわざ待ってる必要なくないですかね」 南の海辺に舟をつけると、ご丁寧にも五人揃って晩酌していた。 「一ヶ月前さぁ、なんかビミョンだったじゃん?」 記憶を辿る。そういえばそうだった。なんだかずっと前のことのように思える。乙女が、この島とギャルもどきとかの中から消えたせいで何かぎくしゃくしていたのだ。 「アンタがいなくなったからこっちまで消えたのかと思ったけど、家はあるし。アンタを探し回ってたら、自然と元に戻れたって感じ」 「だから少しだけど、ピストルには感謝」 帰ったら責められるか呆れられるかだと思っていたので、少し拍子抜けた。 「自分が仲違いしてるなんて変な話だし」 「適度に持ちつ持たれつやってきましょってことで。アンタ何飲む?」 やれやれ、と肩をすくめて腰掛ける。 「じゃ、ノンアルで」 チーズを口に放りながらノンアルを飲み、他愛もない話をした。少し涼しくなってきた風が気持ちいい。 「……あの、蒸し返すみたいで悪いんだけど」 小四が恐る恐る口を開いた。オレンジジュースの入ったコップをぎゅっと握りしめているせいで手は濡れているが、それすら気にしていないようだ。 「今まで、一回だけ今回の他にあの島に行ったことがあるんだ」 口につけていたグラスを離す。 「ピストルスターと同じように、現実に戻りたくてたまんなくて、そしたらフラッといなくなって、そしたらあの島にいたって人が、いたよ。今はもういないんだけど」 オレは現実に戻りたくてたまんなかったわけじゃないんだけど、と思ったが、黙っていた。 「じゃああの島ってなんなの?」 オトモダチが言う。あの島はただ、捨てられた者たちにせめてもの救いを差し出し、現実へ戻ることなどできないと知らしめるための皮肉な島、と思っていたが。 「あの島が現実みたいなものを見せる、それは確か。じゃあなんであの島があるのか、ってことでしょ」 合ってる? という風にねーちゃんが視線を送るので、小さく頷いた。本当は自分自身のことだというのに、さっぱりわからない。あんな島を作って何が楽しい。オレをさらにどん底に突き落として何が楽しい。 「普通に考えれば、せめてもの親切じゃないの?」 自分にとっての“普通”はその歳によって全く違うのだから、“普通に考えれば”なんて信用ならないのだが、どこか真っ当に聞こえた。 「この島じゃ欲しいものはなんでも出てくるんだから、その延長なんじゃない?」 「でも、」 口を挟んだ。オレは欲しがったのか? わからなくなってしまったが、口を挟んではもう後戻りできないので、なんとか言葉を紡ごうとする。 「あの、オレは現実に戻りたかったわけじゃなくて、大切な人たちに会いたかっただけ……現実に戻りたがったわけじゃないし、リアルを充実とか全然してなかったから、全然。現実なんてまっぴらだよ、でも、ほら、あるでしょ? 小方とか昂希に会いたかった、ただそれだけ、ホントに」 言い訳がましい。いや、本当の言い訳だ。 「えっと、小方に会いたいけど、小方はここに来れない、現実にしかいない、でもオレの知る小方は現実にはもういなくて、オレの心の中にしかいない……」 もにょもにょと喋っていて、はっと口を止めた。もう現実世界はずっと進んでいるのだから、オレの会いたい小方はもうオレの心の中にしかいないわけで、でも小方に会えるのは現実だけで…… 「……あの島は、オレが望んだものだった」 たしかにオレはあんな島を欲しがった、のかもしれない。現実にオレの思う小方はいないし、ここにオレの小方を連れてくることもできない。でも、確かにあの島でオレは、小方に会うことができた。あの島は、オレの我儘な願望を少しながら、でもここでできる最大限の仕方で叶えてくれるものだったのだ。 「あの島に行ったからオレは小方に会えたし、昂希とふざけれたし、満弥と笑えた。全部本当は嘘なんだけど、でも、偽物でも虚無でもいいから、オレはみんなに会えて、嬉しかったよ。あの島は、オレが望んだことを叶えてくれた」 ぎゅう、とグラスを握りしめる。どう思われようと構わない。馬鹿だと思うなら思えばいい。 「まあ、じゃなきゃおかしいよね」 ねーちゃんがあまりにあっけらかんと言うので驚いて顔を上げた。 「だってそうじゃなかったらなんであんなもんができたのか説明つかないし。まぁそれはこの島自体もだけどさ」 この島は全て欲望の島だ。捨ててもなおどこかにとっておきたいと思ったから、この島ができた。捨てたいと思ったから、オレたちは捨てられた。オレたちが欲しいと思ったものが、ここにできた。 「まったく、ウチらはワガママだねえ」 ギャルもどきが笑う。その馬鹿なつぶやきにいつもは腹立たしくなるのに、なぜかオレは顔を緩ませた。空っぽのグラスにラズベリーシロップとグレフルジュースを注いで混ぜ、フォー・キールを作って月の光に透かす。少し濁った液体の中で月が乱れて反射した。そしてまた、思う。月に思い出がなくてよかった、と。
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