偽物、本物、女の子

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偽物、本物、女の子

次の日、乙女に会いに行った。 「あんなののどこがいいの」 乙女はオレの自己紹介を聞くなりそう言った。 「あんな奴どこがいいの?アイツは自傷を否定した」 そう、なのかもしれない。彼の言葉は覚えている。 ――自傷はよろしくないかと―― ――現実見ろって―― 確かにオレが求めていたのは『やめろ』ではなく『理解してくれる人』だった。でもオレは今更ながら気づいた。一番最初。初めて自傷を本気で止めたのは、親友でも自傷仲間でもなく。昂希だった。 「つかさー、私は広を最後の恋って決めてるのに、アンタはよりによってあんな奴を? 信じられない」 確かにアイツはかっこよくもないし目に見えて優しいわけでもない。捻くれていて、口が悪くて、よく言い合いをしてた。そもそもどの恋も大体全部最後の恋にする! と決めているものだ。広の前に好きだった奴だってそう思ってたくせによく言うよ、という言葉はしまっておく。でも、しまえない言葉、譲れないことだってある。オレは残念ながらそこまで大人ではない。 「あんな奴あんな奴ってうっさいんだけど」 「……は?」 「広だって今のオレに言わせりゃあんな奴だよ。確かに好きだったしどっちがいい人間か天秤にかけようなんて思わない。でもオレにとって昂希は大切な人なんだよ。それに対してごちゃごちゃ言うな。オレにとっての昂希は大切な人、お前にとっての昂希はウザい人、それでいいだろうが。ごちゃごちゃかましてんじゃねえ反吐がでる。散々アイツに迷惑かけてんだからもうちょい感謝しろや」 まあ相手は同じ坂口香乃で。彼女が成長することはもうないのだから何を言っても無駄なのだけれど。同じ自分だからこそのもどかしさと言うものもあるのか、と思った。 「とりあえずオレは、好きな人の前になると自分を作ることしかできないような奴にごちゃごちゃ言われたくない」 昔のオレは小さく弱かった。憧れの人に受け入れられたかった。彼に見てもらいたくて見様見真似の下手くそなメイクをしたり、アクセサリーをつけたりした。よくお菓子を作った、料理をした。 “可愛い女の子”を演じようとした。 でも。そんなのなんだっていうんだ。何も変わらない。可愛い女の子なんてどこにもいない。作ってばかり、偽物の自分を好きになられても何も嬉しくない。ありのままの自分を好きになってもらえないとしても、好きな人の前で本当の自分になれる方がよっぽどいい。この頃のオレと今のオレでは、好きな相手に求めることが全くと言っていいほど違うのだ。 「はは。アンタと私は仲良くなれそうにないね」 「そりゃそうでしょ」 言ってしまえばどの自分とも仲良くなれることはない気がする。同じ自分だから。でも、考え方はもう変わっているから。自分だからわかるだろう、が通じないのだ。それが他の人なら当然でも、自分ならわかるだろうと思ってしまう。でも通じない。 「じゃあなんで来たのよ」 「さあ。ただなんとなく、だよ」 それ以上なんの理由もない。強いていうならば、自分の昂希への想いを強めるため、だろうか。 「……似合わないよ。ボブヘアも、丸眼鏡も、『オレ』も」 ふっ、と嘲笑うように口元を引っ張り上げた。 「別にいいんだよ、これで」 嘲笑った対象は、オレと、乙女と、広と、昂希と、恋と、可愛い女の子と。
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