518人が本棚に入れています
本棚に追加
/280ページ
思い
「花、済まんが頼むな」
『いいよ。1時に待ち合わせの場所に着くようにするから。ジェイには何も言ってないけど』
「それでいいんだ」
『聞いていい? なにするつもり?』
「悪い。聞かないでくれ」
『……分かった。俺は一緒にいなくていいんだね?』
「店の前で別れてくれていい」
『了解。俺が言うの変だけど。ジェイのこと、頼むね』
「もちろんだよ。俺の大事な配偶者だ」
花の笑い声が小さく聞こえた。
『哲平さんから朝電話があってさ、「夫婦なんだからお前は首突っ込むなよ」って。俺って信用無いなって腹立った』
「俺はお前たちを信じてるよ。いつだって真剣に思ってくれてる。俺も時々お前に腹が立つが、いてくれて嬉しいよ」
『そこは素直に「ありがとう」って言おうよ』
「俺はそういうキャラじゃないんだ」
ちょっとした冗談めいたやり取りをして電話を切った。いつも通りに家事を終わらせてシャワーを浴びた。身支度を整える。時計を見た。11時55分。
ジェイの母の写真の前に置いた物を手に取る。しばらくそれを見てポケットに入れた。コートに袖を通す。ピリッとした冷たい空気の街に出た。
12時45分に野坂駅に着いた。その店の入り口が良く見えるところに立つ。
それほどは待たなかった。12時52分。駅の階段を下りてくる花とジェイの姿が見えた。渡したスーツを着ているジェイが花と話している。会わなかったのはほんの僅かなのになんと懐かしいのだろう……
(きれいだ……)
何かを問いかけているらしい。花が首を横に振る。聞くのを諦めたような顔でジェイはその店に目をやった。入り口の手前で花が足を止めた。ジェイがその手を掴もうとする。けれど花は両手をちょっと上げてジェイに向けた。花の言葉が聞こえるような気がする。
『悪い、俺はここまで。とにかく中で座ってろよ』
うなだれたようにジェイが1人で店に入って行った。それを見送って花は駅へと踵を返した。
(花。ありがとう)
階段を上っていく花は足を止めなかった。
カラーン
(あの頃と変わってない)
喫茶店の温かさとコーヒーの香りに包まれる。ジェイはちょっと奥のテーブルに座っていた。水だけがあり、店の中を見回している。真っ直ぐそこに向かった。ジェイはすぐに気づいた。
「蓮…… 蓮!」
「なんだ、何も頼んでないのか?」
「蓮が来るなんて花さん、言わなかった」
「俺が黙っててくれって言ったんだ。不安にさせて悪かった」
「どうして? 急にこんなところに……」
「立てよ。後でもう一度ここに来よう。俺についてきてほしい」
「どこか行くの?」
「ああ。お前と2人で行く所がある。教会だ。この近くにあるんだ」
-その4- 完
最初のコメントを投稿しよう!