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雨だからと人気のない校舎の階段で走り込みをしていたときに、そのピアノの音を聞いた。
自主練を見られるのが恥ずかしいと、教室の集まる第1棟を避けて第2棟で走り込みをしているのは僕だけだ。
突如降ってきたその連続する音が、外を降りしきる雨のようにじんわりと耳に滲む。
そろそろ休憩しなくてはという言い訳と共に、ふらふらと魅惑的な一定の音の方へと誘われる。
隙間からそっと覗き込んだ3階の音楽室で、その人はゆったりとピアノを弾いていた。
たおやかにしなる腕と、力強く、それでいて繊細に動いているであろう指。
晴れた中で降る雨が窓を反射し、その横顔から伸びる長い睫毛がキラキラと七色に輝いている。
連続する一定の音と共に弾む指。
揺れる体に合わせて踊る長い髪の毛先。
気付けばガラと扉を開けていた。もっと近くで見たいと思ったのだ。
「っ――……」
声にならない声とともに、しとしとと陽光のごとく降り注いでいた雨のようなその音はピタリと止んだ。
誰かが来るなんて思ってもみなかったのだろう。その人は、両手を胸の前に添えて身をすくませる。
「だ、誰です、か……」
澄んだ、葉に付着した大きな雨粒のような声だった。
視線をその人の足元に落とす。上履きのラインは赤。3年生だ。
「い、今のはなんて曲ですか?」
吸い寄せられた理由には、これを言うしかなかった。
先輩にはもちろん敬語を使う。体育会系なのだから、尚更鉄の掟だ。
「ショ、ショパンの『雨だれ』です……」
その先輩は突然現れた僕に警戒しながらも、僕には無縁の作曲家が作った曲の題名を教えてくれた。
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