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Prologue
無遠慮に触れてくる指先は節くれだっていて、わたしより少しだけ冷たい。
耳珠、頬、顎と撫でるように下がってくることは既に知っていた。
この男の眼差しが苦手だ。
奥深くで揺らめく炎が、わたしの理性を叩きのめして不能にしてしまう。
それを本能的に察知して逃げるように視線を逸らせば、阻止するように顎を掬われ男の唇が重なった。
肺いっぱいに広がる男の香りと、合わさって優しく溶ける体温に思わず身体から力が抜ける。
「誠」
声はもっと苦手だ。
低く甘く、撫でるような声に思わず甘えて縋り付きたくなる。
落ち着いた声色は男の穏やかな性格が滲み出ている気さえした。
せめてもの抵抗に胸板を押し返せば、男が喉の奥で小さく笑った。
「嫌ですか」
「それは……」
続く言葉は出てこなかった。
それでも恐らくこの男は理解している。わたしがどれほどこの男を欲しているか。
その上で、この男は誑かしてくる。
「誠」
「ま、待って……」
弱々しい拒絶の言葉を接吻で覆い隠して、わたしを引き寄せる。
「杵築せ……っ」
男の名前を最後まで紡ぐことも出来ないうちに、口付けが深くなる。
くぐもった声は間違いなく女のそれで、自分が発しているのかと思うとひどく恥ずかしくなる。
暫くして唇が離れれば、その隙間を埋めるようにどちらからともなく熱い吐息が漏れた。
唇を重ねるたびに思い知らされるこの感情に、いつまで気付かぬふりができるだろうか。
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