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 次におキクが街に来たのは翌日のことだ。退屈しのぎは言うまでもないが、朝にスマートフォンを見てみたらSNSの裏アカウントに連絡があった。『ホ別、ゴム有、お食事デート一日一万八千円』という破格の撒き餌に釣られてきたのは二十代の男性だ。断る理由もなかったので会いましょうと返信した。  商店街をぶらぶら歩く。五百メートルほど続くレンガ通りの両側にはカフェやブティックが軒を連ねる。都心に比べたらなんてことのない場所なのだが、これでも県内では一番栄えた場所だった。近辺にはいくつか学校もあるために学生服の子供たちも少なくなく、お気に入りのセーラー服でうろついていても目立たずにすむ。そのため密会の待ち合わせにはよくこの場所を指定していた。  そして午後二時、噴水広場。ここはいつも待ち合わせに利用する人たちで賑わっているが、あまりうろうろしていたら流石に怪しまれてしまう可能性も否めない。目印は黒の折り畳み傘。あまり目立たないようにさりげなく、かつすばやく視線を巡らして人ごみの中を探す。  いた。 「げっ!」  思わず声が漏れてしまった。  その男はおキクよりも頭一つ分は大きくてがっしりとした体格をしていた。ビン底眼鏡をかけてはいるが二十台という年齢は本当だろう。チェックの上着はダメージジーンズにインされていて何やら水着の女性が描かれた紙袋を手に持っていたりするが、そんなことはどうでもよい。問題なのは目印とした折り畳み傘を日傘の如く差して待っていたということだ。暖かくなり始めたばかりの時分にそんな恰好をしている人は他にはいない。明らかに一人だけ浮いていた。  ここであんな目立つ男に声をかけたりでもしたら、確実におキクの姿も周りの記憶に刻まれるだろう。そうなっては今後のシノギに影響がでる。仕方がないが今回はドタキャンすることにした。そしてこの人はもうブロックして二度と連絡をとることは無いだろう。見て見ぬふりして黙って前を通り過ぎた。  その時、背後から刺すような視線が感じられた。ゆっくりと振り向く。ビン底眼鏡が真正面からおキクの姿を捉えていた。こっちを見るなと心の中で叫ぶものの男の視線は揺るがない。徐々に周りの人たちが気になり始めているのが分かった。おキクは再び歩き出した。  少し離れたところからしっかりとした足音がする。構わず速度を上げていく。振り切らんばかりに足を速めてみたものの足音は中々遠ざからない。幽霊となって姿を消して逃げたいが、こんな真昼間の街中では誰かに見られるかもしれない。  せめてどこか人の目の無いところ行かなければ、そう思いながら一心不乱に歩いていたら、いつものラブホテルまでやって来ていた。
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