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3-2
「いやー、ここがラブホテルなるところですかぁ。思ったよりも綺麗ですなぁ」
鼻息荒く男は言った。
結局振り切ることはできなくて二人で部屋の中まで来た。一応ホテルに来るのは計画通りだ。お食事デートは後に回せばいいだけのこと。しかしこの男の存在だけは大きく想定を超えている。
「どうして私だと分かったの?」
「一目でピンと来たのです。きっと拙者とおキク殿は赤い糸で結ばれているんですなぁ。デュフフ……」
笑顔がひきつるのを我慢できない。
「お兄さん若いね。二十代ってのは本当なの?」
「今年で二十八でありますぞ。おキク殿こそ随分お若く見えますなぁ」
「もちろん、ピッチピチの十八歳よ」
「しかしそのセーラー服、よく見れば細川中学校のものなのでは? 十八と言うならなぜそのようないでたちを?」
なぜそんなことを知っているのかと逆に聞きたいと思った。援助交際に手を出すくらいだ、これまで相手してきた人たちだって少なからずそう言った感情はあっただろう。しかしそれでもみんな表面上は紳士的に取り繕って接してくれた。ここまでストレートに欲望全開のタイプは初めてだった。身の毛がよだつ。早く済まして早く帰ろうと心に決めた。
「ねぇねぇ、せっかくこんなトコに来たんだよ? 早くヤろうよ」
「拙者、もっとお話がしたいでござる」
「だってもう我慢できないんだもん」
「ハレンチですなぁ。では致し方ない、拙者もご期待に添えるよう頑張ってペロペロさせていただきますぞぉ~」
男の口から唾液が糸を引いて床に落ちた。
本当にもう我慢ができないと思ってしまった。前言撤回、こんな男と済ますなんてとんでもない。一秒でも早く帰りたい。一生この男と関わりたくない。
しかしこんな思いをさせられてただ帰るのも悔しかった。一泡吹かせてやろうと思った。
おキクは代金を受け取った。一万円札が一枚と千円札が八枚のパターン。そして頼まれてもいないのに「いちまーい、にまーい、……」といつもの調子で数え始めた。
「ほほう、やはりおキク殿は名前の通り『皿屋敷のお菊』だったのですなぁ」
男を無視して数え続ける。
そしてついに九枚目を数え終えた。お菊はかつてないほどの気合を込めて声を上げた。
「一枚、足りぬわあぁ~~い!」
猛り狂う虎のイメージで目いっぱい凄んで見せた。
しかし突然、視界がぐるりと回転した。何か強い力で引っ張られている、そう分かったところで背中に強い衝撃が走った。変な声が腹から出た。ややあって気が付けば男の顔と天井に見下ろされていた。
やばい、と思ったときには遅かった。腕を強く掴まれている。力で振りほどくことはできない。幽霊の姿になってもすり抜けられない。爺ちゃんの言葉が頭をよぎる。
「あんた、ひょっとして霊能者なの?」
おキクが問うと、男は懐から手帳を出した。縦に開くと金色の旭日章が輝いている。それが何を意味するかはドラマで見慣れた光景だからすぐに分かった。
「警察だ。改めて話を聞かせてほしい」
打って変わって男は精悍な顔つきだった。
もうわけが分からなかった。
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