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眠りの王子
それから数日、春樹は夢のことをすっかり忘れ、いつもの日常生活を送っていた。
いつも通り起きて学校に行き、友達と会い、家に帰ってテレビを見たりゲームをしたりして夕食を食べ、風呂に入って寝る。
いつも通りの生活を送っていた。なんの疑問も持たずに。しかしそれでも、学校の行き帰りあの病室が気になって仕方なかった。いや、以前よりあの部屋を見つめる時間が長くなった。
紗奈が起きてから何日か過ぎて、紗奈は会話できるくらいにはなっていた。しかし上手く身体が動かない。先生は2年も寝てたから当然だよと言っていたが、果たして本当にそれだけなのか。
「ねえお母さん、春樹く……私と一緒にいた男の子はどうなったの」
紗奈は母に春樹のことを聞いた。
「男の子って一緒に巻き込まれた子のことかい?さあねぇ、目立った怪我とかはなかったらしいけど」
「そう、そうなのね。よかった」
紗奈は母の言葉を聞いて安心し、春樹のことを思い浮かべた。
(彼にとって、あの日のことは嫌な思い出でしかないのかしら。私は……)
母がおもむろにテレビをつけた。紗奈がテレビに目をやると、秋分の日の話題が放送されていた。
「ああ、もう彼岸かい。ご先祖さまに報告しなきゃねぇ。紗奈が目を覚ましたって」
母がテレビを見ながら呟いた。
そう、今は紗奈の住んでる地域で最も美しく、彼岸花が咲き誇る時。
春樹は学校の図書室で本を探していた。
生物の図鑑である。春樹は図鑑を探していると、ひとつの本に目をつけた。
【花の大図鑑】春樹はおもむろにその本を手に取り席に着いた。
(そういえば、彼岸花の花言葉気になってたんだった)
春樹は目次で彼岸花のページを探した。
「えっと、彼岸花……彼岸花と。あった、ここだな」
春樹は彼岸花のページを開いた。
彼岸花、別名曼珠沙華や死人花、地獄花など。ページの最初に載せられた一枚の写真に春樹は見入ってしまった。花茎が伸び、真っ赤な花を咲かせたその姿は美しく、禍々しさすら感じさせるものであった。
夢で見た時とも違う、春樹はその花の姿に夢中になった。そして、前にもこんな気持ちになったんじゃないかと考えた。
「君、彼岸花好きなの」
頭の中で声が聞こえた。夢の中の女の人の声と同じ美しい声だった。
(今のは一体)
春樹は何か思い出そうとしたが駄目だった。春樹は彼岸花の説明を読んだ。彼岸花は中国原産の多年草。彼岸花には毒があり命を落とすことも。食べると危険だが戦時中は鱗茎を食べていたこともあった。更には薬として使われることも。
田畑などで動物に荒らされないようにするためや、墓地を動物に掘り起こされないようにするため、植えられたりしていた。
日本の彼岸花は種子を作らず株分けして繁殖する。
(彼岸花ってやっぱり毒とかあってちょっと怖い花なんだな)
彼岸花は様々な色の花があり、黄色や白の彼岸花の写真も見たが春樹はさほど興味を示さなかった。あの禍々しいほど真っ赤な花に心を奪われたのだ。
春樹は花言葉の欄に目をやった。
その色によって変わるようだが、春樹は赤い彼岸花の花言葉を読んだ。
「別れ」
「あきらめ」
「悲しい思い出」
「再会」
「また会う日を楽しみに」
なんだか寂しくなるようなものばかりだったがその後ろに、
「情熱」
「思うはあなたひとり」
と書いてあった。
(ただ、悲しい花だと思っていたけどこんないい花言葉もあるんだな)
春樹はそう考え彼岸花の写真に目をやった。
「でもね、彼岸花は恋の……」
また頭の中で声が聞こえた。
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