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華族という言葉の響きほど、生活は華やかではなかった。裕福なのは、旧大藩のいわゆる大名華族で、京都の出の公卿華族は、もともとたいした資産もなく、体面だけは保たなければならない。
貧窮にあえぎ爵位を返上する家も実際にあると聞いた。
田之上家は公卿華族で、旦那様が亡くなり給料を払うことが出来ず他の使用人にはすべて暇を出した。
今年施行された華族保護資金令で、年300円(60万円)が支給されるようになった。月25円(5万円)といえば、大卒初任給の半分以下の収入となる。
旦那様は爵位を返上し平民となってもすぐに生活が成り立たなくと。それならお子様達が成人するまでお国から生活費を支給してもらった方が路頭に迷わない。そう判断したのだ。
貧しさには慣れている。
旦那様の忘れ形見の高さまと充さま。二人が成人するまで、どんなに貧しくても、立派に育て上げる。
それが旦那様と交わした約束。
旦那様に救われた命だもの。
男であることを隠し『田之上なつ』として生きる。そう決めた。
それが恩返しになれば、僕はどうなっても構わない。
御住職と弔問客がすべて帰り後片付けをしていたら、てっきり帰ったと思っていた浩介が目を吊り上げて戻ってきた。
「痛い!」
口を開く前にガシッと手首を鷲掴みにされた。
「他の男と気安く喋るな、話し掛けられても無視しろ、そう言ってるよな?男だってばれたらどうするんだ?」
「ごめんなさい」
「あの男だけは絶対に駄目だ。今後二度と関わるな、いいな?あと、何度も言ってるが、なっちに触っていいのは俺だけだ。いいな、分かったか」
しつこいくらい何度も念を押してようやく手を離してくれた。
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