秘恋

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それから数日後。 しとしとと生前誰にでもお優しかった旦那様を偲ぶかのように優しい雨が降っていた。 はぁ・・・・もう何度ため息をついたのか分からない。 今朝速水さまの使いの者が突然家を訪ねてきた。 『なつ様とご子息様を当ホテルにご招待します』 浩介と約束したから、その場ですぐに断った。相手の気を悪くしないように、言葉に気を付けて丁寧に。したつもりだけど・・・・・・ はいと返事をするまで玄関先に居座られ、挙げ句に青紫色の花を強引に押し付けられた。 『夜、お迎えに参ります』 それまでとは打って変わり恭しく頭を下げると、静かに帰っていった。 田之上家お抱えの庭師・玄さんの内弟子である浩介に聞いたら花の名前が分かるかも知れない。 雨が小康状態になるのを待って青紫色の花を抱え、高さまと充さまの手を引き川沿いに建つ玄さんの家に向かった。 「なつさんわりぃな。ちょうど今出掛けた所だ」 玄さんが小指を立ててニヤリと笑った。 「かかさま?」 不思議そうに首を傾げる二人。 「玄さん子供の前だから……」 「おっと、これは失礼」 ゲラゲラと豪快に笑い飛ばす玄さん。悪気がないのは分かる。分かるけど……なぜこんなにも胸が苦しんだろう。 指の腹を針の先でちくりと刺されたようなそんな痛み。 浩介、あれだけ格好いいんだもの。世の女性がほっとく訳がない。 悔しくてぎゅっと上唇を噛み締めた。 「玄さん、浩介が帰ってきたらでいいです。この花の名前を教えてほしとなつが言っていたとお伝い願いますか?」 「おぅ、分かった」 玄さんに頭を下げ、そそくさと逃げるように玄さんの家を出た。
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