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微かに熱を帯びた眼差しで顔を覗き込まれた。
一瞬だけ吸い込まれそうにそった僕を現実に引き戻したのは、カレイの煮物だった。
貧乏華族には今流行りの氷箱(冷蔵庫)を買い求める余裕なんてない。折角作ってくれた料理を無駄にしたら、それこそばちがあたる。
「速水さま、必ず弁償しますので。ごめんなさい」
高さまと充さまの手を握ると、頭を深く下げてそそくさとその場から逃げ出した。
「なつ」
速水さまが行き交う馬車に行く手を阻まれて、右往左往している隙に脇道に入り急ぎ足で家に帰った。
逃げるための口実とはいえついうっかり弁償すると言ってしまった。どうしよう・・・・・
後悔しても後の祭りだった。
「なっち‼」
小骨に注意を払いながらカレイの身を解していたら浩介が息を切らし駆け込んできた。
「良かった無事で……」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない。あの花はスカビオサだ」
「スカ………ん?」
初めて聞く名前に首を傾げると、
「だからスカビオサ。たく、相変わらず天然なんだからお前は………少しは危機感を持ってもらわないと困る」
やれやれとため息をついていた。
浩介がいうには、スカビオサは、未亡人を慰めるための花。という花言葉を持っているらしい。
「未亡人って………もしかして僕のこと?」
「あと誰がいるんだ」
浩介は呆れ返っていた。
「速水子爵はかなりの女好きで名が通っている。もし万が一男だってばれたら、お上を騙した罪で捕まる。そうなったら高と充は誰が 面倒をみるんだ?」
「ごめんなさい浩介」
「分かればいい」
浩介の大きな手が頭を撫でてくれた。
「だから僕、子供じゃないから」
子供扱いをしないで。手で払おうとしたら、「速水子爵はよくて、俺は駄目なのか?」
真摯な眼差しで見詰められ、心臓がぴくんと跳ねた。
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