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「……なに、今の夢……」 ※  茹だる夏本番へ一歩手前の七月、父の連休に合わせて仕事の休みをとって家族三人で祖母の家に三泊四日で帰省した。  車で四十分離れた場所にある祖母の家に泊まるのは小学生高学年以来で、その後は母が働きに出たことや私の受験もあって日帰りで顔を出せる程度になっていた。数年経ち、私が専門学校を卒業してその時のアルバイト先にそのまま務め始めて一年、家族全体が漸く落ち着いた所で久し振りの帰省となった。  祖母の住む土地は私の住む市と隣り合っているとは思えない程豊かな自然に囲まれた静かな町で、帰省と言えど非現実感は十分過ぎる程だった。凡そ十年振り、思いのほか町は新しい建物が増えており、記憶の中と照らし合わせるだけでも心が躍った。市内にいては感じられない町の動きが目に見えてわかる光景は、まるでその土地が生きているかのような変化の軌跡に思えた。  反して、祖母の家は相も変わらず一面緑に囲まれたままの姿で、記憶の中との齟齬もなく、変わらぬ姿が故郷という言葉に思う形をそのまま表しているようだった。懐かしさがこみ上げる、殆ど残っていないはずの記憶が節々で思い起こされる感覚が一層楽しく思えた。  非現実的な自然の豊かさと、あらゆる場面で呼び起こされる懐かしさにも慣れ始めたのは三日目の昼、なにに咎められることもなく、私は昼寝をしていた。  自宅でも実家でもない場所でこんなにも簡単に眠りにつけるとは、自分のことながら思ってもみなかった。けれど祖母の家には広く長い縁側があり、そこには私以外にも様々なものが眠りについていた。干された野菜も、青い網に入れられた魚も、よしずの裏に陰干しされた座布団も、皆、その場所で。  私が住んでいる市内よりも気温は五度以上暑く、冬には寒い。それでも心地よいのは、遮られるものがなく通り抜けていく風と、流れる空気の濁りのなさのお陰だと思った。  気が付けば眠っていて、とても心地よく、深く眠りについた。起きた瞬間には、それが少しだけ不気味なものには変わっていたけれど。  夢を見た。その夢は「どこかの底にいる」のであろう自分が誰かに手を伸ばすような感覚のものであった。  ぼやけた夢の中の出来事はどれもが不鮮明で、自分が誰に手を伸ばしたのかもわからない。けれど、どれもがはっきりはしないはずが、どれもが確実に〝そう〟であると確信出来る程、「感覚」が鮮明であった。伸ばす腕に感じる冷ややかさ、こちらに顔を向けたその肌の色の動き、届かないという「感覚」。  とても奇妙な夢を見た。  それだけなら、よかった。
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