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※  インターネット上に密やかに存在するそれは「灰色のページ」と呼ばれていた。  特殊な状況、問題に困った人間が検索を繰り返すとある時たった一ページだけがヒットする。  「灰色の問題でお困りですか?」そのページをクリックすると進むのは真っ白なページに一言。 「誰にも理解されない問題でお困りでしたらその内容をご記入し、送信ください。当方の範疇に当てはまるものである場合、あなたをお助け致します」  そうして状況を送信すると返信が返ってくる。そうして、理解不能な出来事を解決してくれる者が現れると。 ※ 「マチ君なに飲む?」  大きな商業施設の飲食店、その一席で椅子に座り合っていても凸と凹な二人がメニューを広げている。凸の青年は飲み物のメニューを、凹の彼は食べ物のメニューを、それぞれ眺めていた。  凸の青年が声をかけると、凹の青年は人差し指で彼の持つメニューを見やすいように引き下げ、睨みつけるような目線で品定めをした後アイスコーヒーを指さした。それを合図のように凸の青年は「じゃあ僕はアイスレモンティー」と、メニューを通路側から文字が正しく見えるようにテーブルに広げて置いた。  対して凹の青年は暫く食べ物のメニューを覗いたが目ぼしいものがなかったようで、ひとつため息をついてメニューを閉じ、凸の青年に手渡して項垂れるようにその異様に真っ黒な髪をかき分けて、頭を抱えてしまった。 「……暑い……」  恨みがましく、けれど今にも消え入りそうな幽かな声で凹の彼が囁くと、凸の彼、佐久間(さくま)カケルは絶やさぬ笑みのまま食べ食べ物用メニューで差し出されたような頭を扇いだ。  その笑顔はまるで〝紙から無理矢理引っ剥がされて来た王子様〟のようだと比喩される程、彼の周囲の空気だけは別の世界のように穏やかになってしまう。向けられた笑顔に見蕩れる所為か、人によっては時間の経過すら変化して感じられるというが、それは同時にカケルにとって時が止まったように異常に長く感じられる時間にもなった。人の気を惹く容姿に反してかなり酷い人見知りなのだ、特に、女性に対して強く。  そのカケルとは相反した雰囲気でありながら更に人目を惹く存在であるのが、この、暑さに項垂れ、今にも泥となって消えてしまいそうな彼、日昏(ひなき)マチである。  カケルが王子様や太陽といった華やかな印象であれば、マチは反した氷や針といった印象であった。美しくはあるがけして女性的ではない、冷静すぎる性格が滲み出ての結果ではあるが、それもまたその容姿によく似合っていた。  その、泥となって消えそうなマチは何故か、夏に限って髪を暗い色にして、冬には明るくする性質があった。逆にしていけば僅かでも陽の照りを和らげることが出来るのではないかと思うところだが、マチにはマチなりのこだわりがあるのだろうとカケルは随分と前に納得している。  同じように身にまとう服も少しでも明るい色味にすることで体に受ける熱は和らぐのであろうが、こればかりはどうにもならない。マチは年がら年中黒か白しか身にまとわない。数年前、ほんの一時期だけ目に痛い程の赤やピンクを選んだことはあったのだが、それは三か月と続かずにいつの間にか途絶えていた。  カケルは店員に目配せをして、席からそこまで通らない柔らかな声で注文を終えると、ガラスのウインドウを隔てたフードコートへ目線を向けた。マチの頭を扇ぐ手は止めない。 「まだ涼んでいられる時間はあるよ」  奇妙な夢を見る、と依頼が入ったのは二日前のことだった。  依頼人は大ケ谷三月(おおがやみつき)、この商業施設内のテナントで働く二十一歳の女性だった。彼女は先月の七月から奇妙な夢を見続けているという。内容は都度変化する部分と同じ部分が混在したものではあるが、どれも奇妙か不気味な内容には違いなかった。  同じ部分は自分がどこかの〝底〟にいる自覚と、手を伸ばすこと。それ以外は都度違っていた。  ここ二回分の夢ではもう一つ同じ部分があった。それは夢に現れた見知らぬ人物に手を伸ばし、彼らが〝降って来る〟もしくは〝降りて来て〟、その顔を眼前まで避けることもなく見つめ合うのだそうだ。その、彼らの表情が気味が悪い。彼らの表情は恐怖に染まり、それが眼前まで近付いたところで漸く目覚められる、そんな内容であった。  悪夢を見続ける依頼人は体にも疲れが出始め、心身ともに疲弊し始めていた。 「悪夢が体にも影響出始めてるのはよくないよね」  注文した飲み物がテーブルに置かれ、店員が去ったところでカケルが呟き、扇ぐ手を止めるとマチがまるで作り物のような動きで顔を上げた。真っ黒なコーヒーが注がれたグラスの表面には既に水滴が滲み、一筋流れる前にマチが掴むと細かな氷が小気味よい音を鳴らして崩れた。 「夢に疲れただけならなんの問題もない」  用意されたガムシロップもミルクも入れず赤いストローを咥えたマチは、内臓を過ぎる冷たさが刺すような感覚に反して安堵の表情を浮かべていた。
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