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※ 「本当、狭いですし、そんな綺麗でもないですけど」  ワンルームの単身用アパートは小さな玄関を数歩ぬけるとすぐ左手にトイレとユニットバス、その二メートル程の廊下右手に小さなキッチンを経て扉の先に一部屋とコンパクトな造りだった。  住み始めて一年は経ったが、半年を過ぎた時点でキッチンはもっと広く大きな方が良いと感じた。なにより調理スペースがなく、必然と自炊が億劫になってしまうのだ。金銭的にも健康面としても良くない、次に越す機会があれば絶対に調理スペースが必要最低限以上欲しいと、夜な夜なインターネットで賃貸の間取りを眺める日が続いていた。  大ケ谷三月(おおがやみつき)の後ろについて、ヒナキは一度部屋まで来てから「調べても?」と許可をもらって玄関から見直していった。手持ち無沙汰で待つ大ケ谷三月(おおがやみつき)にはただ、家の中を物色して歩く姿にしか見えていないが、それらに全て意味があるのだろうと思うと少しばかり怖さもあった。特に鏡を確認する様子が怖い。昔からの、鏡イコール幽霊という怪談話が頭をよぎり、今日は全ての鏡を伏せるか布をかぶせて隠して眠ろうと決めた。  玄関、ユニットバス、キッチン、トイレ、あらゆるものを確認して部屋に戻ったヒナキは一度部屋全体を見渡してから窓を開けた。けれど目ぼしいものはなかったのだろう、案外あっさりと閉じてしまった。 「最近なにか買い足したものとか、譲り受けたものは?」 「え? いえ、特に」 「どこかで拾ったりしたものも?」 「はい。あの、私あんまり、そういうの苦手で」  大ケ谷三月(おおがやみつき)は別段、潔癖症というわけではないが、「どう扱われて来たのかわからないもの」が苦手だった。小学生の頃から図書室の本を触るのも、その本を自分のベッドに置くのすら苦手だった。それこそ祖母の家には沢山の古いものがあるが、それらは「祖母が使って来たもの」という前情報がある所為か苦手意識は働かなかったのだが。  ヒナキは語尾の掠れる好みの声で「ああ、なるほど」と一言返答して歩みを止めた。部屋の中心、佇んだままやけに渋い表情に曇らせている。  またも無言の時間が流れ、大ケ谷三月(おおがやみつき)は自宅なはずが戸惑いを隠せない。「二分だけ待って下さい」と言って少しでも片付けておくべきだった、無駄にそんな状況違いなことばかりを考えてしまう。 「部屋にはなにもないな。妙なものも、所謂曰く付きなものもない」  「よかった」大ケ谷三月(おおがやみつき)はそう言ってから、では何故こんなことが起きているのかとすぐに違和感に気が付いてしまった。 「……え、じゃあ、これはなんなんですか? 呪いとか、黒魔術とか?」  とんでもないレベルの美少年がする真顔というものは、時として酷く突き刺さるものなのだと初めて知った。知りたくはなかったかもしれない。大ケ谷三月(おおがやみつき)はそれ程放った言葉に後悔した。 「家の中とあんたを見た限りではその可能性も感じない。でも外部からという部分では、それと似たようなものかもしれない」 「外部って……それって、誰かが私にこの夢を見せてるってことですか?」 「その可能性が最も高い」 「なにそれ……」  大ケ谷三月(おおがやみつき)の中で〝誰か〟という部分だけがやけに肥大して嫌な気分になった。頭の中には知り合い程度から日々連絡を取り合う相手まで多くが浮かんだ。大ケ谷三月(おおがやみつき)にとっての〝誰か〟は、勿論彼らしかいない。不安になった。彼らの中の〝誰か〟が、意図して自分になにかを企んだのかと。彼らの言葉も表情も、そのままの意味で向けられたものではなかったのかもしれないと。  大ケ谷三月(おおがやみつき)が不穏さに表情を曇らせているとヒナキは身を翻し、ベッドと向き合った。そして察した様子で、あの語尾の掠れる好みの声を呟いた。 「夢の内容から、知ってる人間ではない可能性の方が強い」  ああ、なんだろうこのヒナキという男は。度々に心を掴まれてしまう。どうして直球ではなく、こうも遠回り遠回りの言葉で伝えようとするのだろう。本来の目的を忘れてしまうのも自分自身の緩みだけではない気さえもする。ずるい、一言で表すならそうなってしまう。  悪夢にすら感謝してしまいそうになる。それ程、ヒナキという男に会えたことが、今や嬉しい。
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