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アディクション・ルージュ~In confidence~ 結月みゆ
ゆっくりと息を吸い込み、馴染み深い心地良さと共に目覚める。
ベッドが軋む音と額に押し当てられた唇の温かさ……そして低く響く柔らかい声。
「梨人様……そろそろお時間ですよ」
嘗て、同じように呼ばれたあの頃は、まだ――――
**
「おはようございます、梨人様。起きてらっしゃいますよね? それとも、お姫様は口づけだけではご不満ですか」
「……誰が姫だ。毎朝しなくてもいいだろ」
「何をですか?」
そう言って、何事もなかったかのように今度は唇に口づけを落としてくる。
「そ、それだよ……朝からテンションが下がる」
「はぁ……。上がるの間違いじゃないですか」
朝から反抗的な態度のこの男は俺の使用人で……恋人だ。
姫宮家の次期当主の俺、姫宮 梨人(ひめみや りひと)と使用人、神楽坂 連(かぐらざか れん)との身分違いの恋。叶わないと思っていた恋が実は両片思いだったことで、晴れて恋人同士になったわけだが……
「お前、ほんとムカつく……」
「上がっても下がってもどちらでもよろしいので早く起きてください」
俺たちの関係は相変わらずだ。
「なんか……」
「どうかなさいましたか?」
「前もこういうやりとりしたなぁと思って」
「そうですね、まだ梨人様が夜遊びを繰り返してた頃」
「夜遊びは神楽坂だって……」
「私はしてませんけど」
「仮面舞踏会、忘れたのか?」
あの日があったから、今の俺たちはこうして穏やかに過ごしている。
少し……いや、かなり強引なやり方だったけど、それでも神楽坂には感謝してる。
「忘れてませんよ、忘れるはずなど……」
「神楽坂?」
「いえ。それよりも早くお支度を。今日は忙しい一日です」
「分かってる」
そうでなければ、俺たちは多分……
一生想いを口にすることはなかっただろう。
**
「パーティって何時からだっけ?」
「正午ぴったりです、もうまもなく正門を開放いたします」
毎年開かれる俺のバースデーパーティ。
庭を開放してのガーデンパーティは、姫宮家と取引がある各国の社長や御曹司、友人関係など、とにかくすごい人数が集まる。
「この歳でバースデーパーティとか恥ずかしいんだけど」
「そうは言いましても、毎年お祝いしてくださる方々がたくさんいらっしゃるのですから喜ばしいことじゃないですか」
「別に……俺は……」
「今日くらいはニコニコしてください。私があとで旦那様に叱られるのですから」
「分かったって」
正装に身を包み、庭に出るとすでにパーティは始まっていた。
「梨人様、こちらへ」
「あぁ」
庭のあちこちに置かれたテーブルには季節の花が飾られ、グラスを片手にゲストが思い思いに談笑している。
料理も自由に楽しめるようにとブュッフェスタイルにし、様々な工夫を凝らしゲストをもてなすのは先代からの教えだ。
「みんな楽しそうだな」
「そうですね。もう間もなく演奏が終わりますので、梨人様はその後にご挨拶と乾杯を」
クラッシックの生演奏が優雅に流れる中で、神楽坂が耳打ちしながら指示を出す。
演奏が止んだのを見計らって挨拶をし、全てはいつも通りに進むはずだったのに……それは、聞き覚えのある声によって阻止された。
「梨人!!」
この声……なんか嫌な予感が……
「おい! 梨人っ、久しぶり!」
「お前……」
「なんだよ、久しぶりに会ったんだからもうちょっと嬉しそうな顔しろよ」
屈託のない笑顔を振りまきなが、そう嬉しそうに話しかけてきた男、グレイスによって嫌な予感は的中したのだった……
「お前……なんで、ここにいるんだよ」
グレイスとは、幼少時代を数年一緒に過ごした幼馴染み……というかただの友人だ。
太陽のように明るい笑顔は数年ぶりに会っても変わることはなく、サラサラな金色の髪は歳を重ねたことで大人びた端正な顔立ちによく似合うようになった。
「梨人に会いに来た」
「あの……梨人様」
「こいつはグレイス王子……一応、友人だ」
「王子……」
「イギリスの変な名前の国の王子……なんだっけか」
「変なって言うなよ、セレスティアル王国だ。それに友人じゃなくて幼馴染みだろ」
「梨人様の幼馴染み……」
一気に不機嫌になった神楽坂に対し、グレイスは相変わらず空気が読めない。
「梨人とは日本にいた頃よく遊んだんだ。その後もこっちに来た時は必ず会いに来てた。 で、あんた誰?」
「グレイス、こいつは……た、ただの……使用人だ」
「……申し遅れました。私は、ただの使用人の神楽坂と申します」
恋人だなんて知られたら厄介なことになる。
そう思って気を利かせたはずの一言は、後に後悔することになったのは言うまでもない。
**
「……っ……グレイス様は日本語お上手なんですね」
「日本に……っ……いたころ……ちょっ……やめ……んっ」
「日本にいた頃に、梨人様がお教えになったのですか?」
「……ん、あっ……俺が教えた……わけ、じゃ、ない……」
「そうですか。でも随分と仲が良さそうだったじゃないですか……」
その日の深夜、神楽坂の部屋に呼び出された理由はグレイスのこと他ならない。
「俺は……っ……あ、んっ……」
「幼馴染みですからね、仲がいいのは当たり前ですか」
「……かぐら……っ……ざか……っ……や、……ん」
「今日は……連と呼んでくださらないのですか」
「だって……っ」
「あぁ、ただの使用人に呼ぶわけがないですね……っ」
嫌味ったらしく吐き捨てながら俺の中で突き上げを激しくする。
それは態度を行為で表すかのようにいつもよりも乱暴で荒々しい。
「奥……っ……ん、や……もうっ……」
「お好きでしょ……奥……っ」
「……ふ、……んっ……」
返事をする前に口を塞がれて吐息だけが混ざり合う。
嫉妬深いとは薄々感じていたが、こんなにあからさまだとは思わなかった。
舌を強く吸いながら時々「梨人」と漏らす声はどこか余裕がなくて。そんな神楽坂が少しだけ可愛いと思う俺も大概だ。
「なにを笑って……っ」
そんなことを思い、漏らした笑みに神楽坂が反応すると、腰に足を絡め強く引き寄せながら「なんでもない」と口にした。
そして、寝室に響く二人の息遣いはその後も消えることはなく、更に激しさを増していった。
**
「おはよう、梨人……と、か……かぐ……」
「神楽坂です。グレイス様は朝食、何を召し上がりますか?」
「梨人と同じでいいよ」
「かしこまりました」
昨晩、神楽坂にしつこいほど抱かれ解放されたのは朝方で、当然寝不足だ。
それに加え、グレイスのことをすっかり忘れてた俺は朝から気が重かった。
「グレイスはいつ帰るんだ」
「昨日来たのにもう帰れ? 俺はあと一週間はゆっくりしてく気だぜ」
「ゆっくりしなくていい、すぐ帰れ」
頬杖をつきながらスクランブルエッグをつつくグレイスに吐き捨てると、むくれながら反抗してくる。
「やだよ、梨人と過ごす。親父だってそうして来いって言ってたし」
「そうかよ。でも俺は忙しいからお前の相手をしてる暇はない、勝手に一人で過ごせ」
毎日グレイスの相手なんか絶対に嫌だ。
それに、神楽坂だって……
チラッと視線を移すと不敵な笑みを浮かべた神楽坂と目が合った。
ほらほら……また怒ってるじゃねーか。
「梨人様……何か」
「別に」
「とりあえず、朝飯食い終わったら庭を散歩しようぜ」
「散歩? 嫌だ」
「お前んちの庭を久しぶりにゆっくり見たい。前にうちの庭を参考にしたって言ってたろ」
「グレイス様の……ですか?」
「そう。うちの城の庭はここよりもデカくてもっと複雑な造りになってる」
「なるほど……だから……」
「確かに親父が言ってたな、参考にさせてもらったって」
「だろ? そのくらい昔から親交が深いってことだ」
正直、庭なんかどうだっていい。
グレイスと神楽坂がこれ以上険悪になりさえしなければ……それに……
「で、神楽坂さん、今日の梨人のスケジュールは?」
「本日は……オフになります」
「だってよ。じゃあ今日は梨人とずっと一緒だな」
「どうして今日に限ってオフなんだよ」
「それは……」
「神楽坂?」
「いえ、何も。昼食はグラスハウスにお持ちいたしますか?」
「あ、あぁ……そうだな」
「では、食べやすいようにオープンサンドと紅茶をご用意いたします」
「神楽坂さん、俺はアイスティーにしてくれ」
「かしこまりました」
**
「梨人、早く来い!」
「もっとゆっくり歩け……て、腕を掴むなっ!」
朝食後、宣言通り急かすように庭へと連れていかれた。
季節の草花が埋め尽くされたイングリッシュガーデンは、庭師の手入れが行き届いていていつも整っている。
その中を男二人が歩く姿はまったくと言っていいほど絵にならない。
「相変わらず薔薇が多いなぁ。これはもうすぐ咲きそうだ。梨人もこっち来て見てみろよ……て、ここ、どうした……赤くなってる」
「は?!」
「首の……」
いつの間にか至近距離にいたグレイスがふに手を伸ばす。
「や、やめろっ!」
それを直前で阻止して俺は足早に歩き出した。
そして一瞬にして蘇る記憶。昨夜神楽坂に、しつこいくらいに身体中に跡を残された。
アイツ……絶対にわざとだ。
「梨人、どうしたんだよ」
「な、なんでもない!」
「なんだよ、変なの。つーか、もっとゆっくり歩けって。これじゃ散歩にならないだろ」
距離を取ったはずなのに、グレイスは再び俺の横を歩き出した。
「俺は毎朝、城の庭を散歩してるんだ。梨人はこんな風に散歩しないのか?」
「……しない」
「せっかく綺麗に手入れしてあるんだから、たまにはしろよ、もったいないだろ」
「……水撒きはしてる」
「それは庭師の仕事だろ」
「たまたま神楽坂が水撒きしてた時があって、手伝っただけだ」
「あぁ、なるほどね……」
別に間違ったことは言ってない。
なのに、グレイスは意味深な表情を浮かべた。
「なんだよ」
「別に」
「神楽坂さんてさ、モテそうだよな」
「は?」
「有能だし真面目だろ、アイツ。それにさっき紅茶を注いでくれた時、間近でよく見たらかなりのイケメンだった」
突然なにを言い出したかと思ったら……
「確かに従順な……使用人ではある」
ベッドの中ではしつこいし言うこと聞かないし、まったくと言っていいほど真逆だけど。
「だろうな……梨人の為ならなんだってしそう」
「アイツのことはどうでもいいだろ」
グレイスの一言で昨夜の余計なことまで思い出した俺は、逃げるようにグラスハウスへと向かった。
**
「グレイス様……私の顔に何か……」
「いや、何も」
「梨人様はいつものアールグレイティーを。グレイス様は濃いめのアイスでお持ちいたしました。それとこちらを」
「ミルク? グレイスそんなの頼んだっけ?」
「朝食でアールグレイにミルクを注いでいらっしゃったので」
「さすが有能な使用人だ。アールグレイはストレートが一般的だからな。実はミルクティーでも美味いって意外と知られてない」
「ですから、グレイス様はミルクティーがお好きなのかと。梨人様も二杯目をミルクティーで召し上がれるよう、いつもの様に濃いめをお持ちいたしました」
「あぁ……ありがとう」
「梨人は幸せ者だな」
当たり前のように好みの紅茶が出てくる。それはグレイスが言うようにとても幸せなことなのかもしれない。
「梨人様、差し湯はいかがなさいますか?」
「自分でやるから大丈夫だ」
「かしこまりました」
「俺にも神楽坂さんみたいな有能な使用人が欲しいぜ」
木製の淡いブルーのテーブルによく映える、新鮮な野菜や魚介類が乗った鮮やかなオープンサンド。
グレイスの嘆きを無視するかのように、それらを淡々と説明する神楽坂と一瞬だけ視線が絡まり、すぐに解かれる。
「オープンサンドはこちらのカトラリーをお使いになり、お召し上がりください。では、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
そして何事もなかったかのようにテーブルを離れようとした瞬間にグレイスが口を開いた。
「あ、ちょっと待って」
「なにか……」
「あのさ、神楽坂さんて恋人とかいるの?」
あまりにも突拍子ない質問に、俺は手にしたナイフを落としてしまった。
「お、お前、なに言ってんだよ」
「だって、こんなに有能なイケメン使用人だし気になるじゃん」
馬鹿正直に言うはずないだろう。
そう思った俺は無言で落ちたナイフを拾い上げようとした。
「梨人様……私が」
聞こえて来た声はいつも通り。だから、油断してしまった。
「……います」
新しいナイフを取り出しながらさらりと肯定した神楽坂が言葉を続ける。
「恋人は……います……とても大事な……。梨人様?」
「……な、なに」
「気を付けてください……十分に。もう新しいナイフはありませんので」
強い眼差しで俺を見つめながらそう言うと、ナイフをしっかりと握らされた。
「グレイス様、他にご質問はありますか?」
「な、ない」
「では、ごゆっくりと」
神楽坂の答えが予想外だったのか、グレイスが急に静かになる。
「満足か?」
「そうだな……」
「じゃあ、さっさと食え」
吐き捨てるように促すと、俺はため息を流し込むように熱い紅茶を飲み干した。
気を付けろ……か。
**
「神楽坂?」
「もうすぐ片付けが終わりますので、梨人様は先に寝室へ……」
深夜にひとり、ダイニングルームでテーブルを拭いている神楽坂に声をかけると、いつもと変わらない返事が返ってくる。
「あのさ……グレイスはほっといていいから。アイツ、昔から思いついたことはすぐに口にするし……それに……」
グレイスは昔から人の物を欲しがる。何がなんでも手に入れようとするのは……金持ち特有の環境がそうさせているのかもしれないが。だから、正直、神楽坂を会わせたくなかった。
「気にしてません。それに、恋人はいないと言うべきでした」
「え?」
「いかなる時も、私情は仕事に持ち込まない。それが使用人としての在り方だと。しかし、目の前に梨人様がいらっしゃるのに……どうしても否定出来なかった……申し訳ございません」
神楽坂の気持ちはよくわかる。なのに俺は……
「ごめん……」
「どうして梨人様が謝るのですか」
「お前をグレイスに紹介する時、恋人とは言えなかった」
「立場を考えたらそれが正しいのです。なのに、私は感情を抑えられなかった。薔薇の……そんな些細なことでも」
「薔薇?」
「姫宮家の庭に薔薇の種類だけがとても多い理由……それは恐らく、グレイス様の城の庭と関係してます」
「どういう意味だよ」
「セレスティアル……とは、天上界という名前のオールドローズのことです。国名にするくらいですから……」
「確かにグレイスは薔薇の品種とか、やたら詳しかった」
「そんな些細なことでも、私はお二人の関係に嫉妬してました。身分違いを承知で梨人様を好きになり、覚悟したはずなのに……」
神楽坂が漏らした言葉に改めて思い知らされる。
「身分……」
身分なんかどうだっていいと思っても、現実はそう甘くない。
それでも、例え誰にも言えない関係だとしても、俺たちは一緒にいることを選んだ。
そんな想いと共に昼間グレイスに言われた一言を思い出す。
「連……」
「きゅ、急にっ……どうなさったのですか」
「口づけを……」
どうにもできない現実と揺れる想い。
全てを忘れたくて……俺は神楽坂を求めた。
「寝室まで我慢を」
「今、ここでしたい」
「梨人様……」
「連……早く……んっ……」
ゆっくりと重なる唇とダイニングテーブルが軋む音。それは何もかもいつもと変わらない。
「梨人……様……っ」
「ずっと……ん、ふっ……そばに……っ」
「当たり前……じゃないです、かっ……どうして……」
ふいに漏らした想いに戸惑いながらも応えてくれる。いつだってそうだ、神楽坂はいかなる時も優しい。
「もっと……っ……舌、激しくっ……吸って……っ……あ、ん……」
舌先が耳裏を掠め、首筋へと移動するとチュッとキツく吸い上げられ、
「梨人……っ……」
余裕なく発せられる低く響く声に身体が次第に熱くなると、自然と声が大きくなった。
「ふ、ん……っ……ん……っ」
何度も口づけを交わしながら、再びグレイスの言葉が脳裏をよぎる。
『梨人、神楽坂さんのことなんだけどさ……』
神楽坂がずっと傍にいるのが当たり前だと思っていた。
それが俺にとっては当たり前の世界だったから。
なのに……
**
「いいところで二人に会った」
「グレイス……まだ起きてたのか」
触れ合った余韻を引きずるようにダイニングルームを後にし、寝室に向かう途中でグレイスと出くわした。
「昼間話した例の件、承諾する気になったか?」
「明日でもいいだろ」
「神楽坂さんがいる今、返事が聞きたい。で、どうなんだよ……梨人」
静まり返った誰もいない廊下に響く声。
そして距離を詰めたグレイスがもう一度俺の名前を呼ぶ。
「梨人……俺の――――」
……と、次の瞬間視界がぐるりとして乾いた音が響いた。
「梨人様は……渡しませんっ!」
それはあっという間だった。奪うように俺を引き寄せた神楽坂が、声を荒らげながらグレイスを睨みつける。
「俺、まだ何も言ってないじゃん。それに、ただの使用人のくせにそんなこと言っていいと思ってんのかよ」
「幼馴染みか何か知りませんが、梨人様にちょっかい出すのは止めていただきたい」
「だから……お前に何でそこまで」
「私はただの使用人ではございません。恋人……だからです、梨人様の。ですから、グレイス様には絶対に渡しません」
はっきりと断言した神楽坂は、そのまま見せつけるかのように俺の口を塞いだ。
「か、神楽坂っ……ん、……っ」
予想外のことに頭の中が真っ白になりながらも、求めるような激しい口づけに身体が熱くなる。立っていられないくらいの熱の疼きを感じながらも、なんとか顔を背け中断させた。……と、同時に降ってきたグレイスの一言に俺の思考は完全に停止した。
「……ふぅーん。じゃあさ、梨人を諦める代わりに、神楽坂さんは俺だけの使用人になれよ」
「グレイス……何言って……」
「ちょうどいい理由が出来たじゃないか。梨人がそんなに大事なら俺の国に来い」
「それは……」
やっぱりそうだ。欲しいのは俺なんかじゃない。こいつが欲しい物は……
「いい加減にしろっ! いくら欲しくても神楽坂は渡さないっ!」
「梨人様……?!」
「こいつが欲しいのは俺じゃない、神楽坂だ! そうだろ……」
「……なんだ、バレちゃったか」
「開き直るな! 今回ばかりはお前の思い通りにはさせない。いいかよく聞け、人の物を欲しがるそのくだらない思考を直すまでは俺の前に顔を出すなっ!」
「くだらないってなんだよ!」
「二人とも落ち着いてください」
「神楽坂は黙ってろっ! こいつは昔からそうなんだ。手に入らない物ほど欲しくなって、絶対手に入れないと気が済まない。だから、警戒していた筈なのに結局はこの有様だ」
「私はてっきり梨人様狙いかと……」
神楽坂がそう思うのも無理ない。俺は小さい時から嫌というほど目の当たりにしてきたから気付いたようなものだ。
「違う、俺の物が欲しいんだ」
「……もうちょっとだったのに残念だよ」
「残念だよ……じゃ、ねーよっ! 明日、朝一で国に帰れ! 言う通りにしないと……」
「そんな怒るなよ」
「グレイス……」
「わ、わかったよ……明日帰る」
「神楽坂、行くぞ」
戸惑う神楽坂の手を取ると、俺はグレイスを視界に映すことなくその場を後にした。
**
寝室に入り、二人ソファーに腰を下ろすと神楽坂が静かに口を開く。
「梨人様……申し訳ございません」
「なんでお前が謝るんだよ」
「私があの時、恋人はいないと答えていたら……何かが変わっていたかもしれません」
「神楽坂の所為じゃない。アイツの性格を知ってる俺がもっと警戒するべきだった」
グレイスが神楽坂に興味を持つ前に手を打っていたら……。
「でも、嬉しかったです。渡さないと言ってくだっさったのが……とても嬉しかったです」
「あの時は……必死だったんだよ。お前が俺の前からいなくなったら……って」
「そんな事あるはずないと分かってるでしょう?」
それでも絶対は存在しない。
「なんて顔をしてるんですか」
「え……?」
隣に座る神楽坂が穏やかに笑いかけながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「私は梨人様のお傍にずっといます……ですから、そんな顔しないでください。言ったでしょう? 姫を守るのはナイトの役目だと……」
「そうだったな」
「愛してます、今までもこれからも……。それに、何があっても梨人様をお守りします」
まっすぐに想いを告げられ、不思議と迷いが消えていく。
「神楽坂、俺も……」
「どうか、連と」
「連、俺も……好きだ」
そしてお互いが触れ合う距離まで近付くと、引き寄せられるように口づけを交わした。
想いを流し込むかのように、何度も、何度も。
「ベッドに……行きましょうか?」
甘く囁く声に頷くと、軽々と抱きかかえられてベッドへと運ばれた。
「遅くなりましたが、梨人様……お誕生日おめでとうございます」
「そっか、誕生日だったな」
「昨日、すっかり言いそびれてしまったので……」
「で、お詫びにどんな凄いプレゼントをくれるんだ?」
俺を見下ろす神楽坂にわざと意地悪っぽく聞いてみる。すると、ゆっくりと体重を預けながら耳元で甘く囁かれた。
「プレゼントはもちろん用意してあります。ですが、今は梨人様を……愛したい」
「連……」
「プレゼントは明日、お渡ししますので……」
頷く代わりに背中に回した腕に力を込めると、再び口づけられ溶けていく。
そして……次期当主でも使用人でもない、甘く長い二人だけの夜が始まる。
END
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