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カロリーお高め・甘々おじさんにご用心 さくら怜音
――落ちた。これは絶対また落ちた。
柏原健人は黙りこくったスマートフォンの通知を何度も確認しては、盛大に落ち込んだ。
「またかよちくしょうー! 今年のオーディション落選回数事務所ナンバーワン記録更新じゃねえか」
「そりゃ偉大な記録だな」
自宅の床に転がりべそをかいていたら、頭上から低音イケボで褒められた。
「そこ、褒めるとこじゃねえよ久我さん」
「そうか? 旨い話なんて早々転がってないってことをお前が身を以て後輩に示してるんだろ。いい先輩じゃないか」
「んなの全然嬉しくねーし!」
家主・久我浩二は皮張りソファに座り、優雅に煙草をくゆらせながら鼻で笑った。
「テメエの魅力に気づかねえポンコツ面接官はぁ、妄想で抹殺しておけ」
「うおお……久我さんの顔でそんなこと言われたら痺れちゃう」
「顔より演技で勝負するもんじゃねえのか、悪役希望の俳優クン」
理想以上のヤクザ臭を漂わせた恋人がカッコよすぎる。感激のあまり打ち震えていたら、呆れた顔をされてしまった。悔しいがそれができなくてまた落ちたのだ、任侠もの映画の配役オーディションに。
「はあああ……拳銃もって走り回りたかった。めっちゃ練習したのに」
「だからこんなおもちゃが家に転がってたのか」
見つけた時は驚いたぞ。
久我は笑いながらリボルバーのモデルガンをくるっと片手で回転させ、寝転がる健人に狙いを定めた。ふーっと副流煙を口から吐き出し、にやり口角を上げる。
「オモチャに撃ち落されるか……俺のマグナムにガン突きされて天国みるか、選べ?」
オールバックに撫でつけた黒髪が極上に似合う、悪どい顔。そのごつくて力強い指と、飾らない男の誘いが、宛がった健人の喉元をじんわり撫でて高揚させる。
くだらない下品なことを言ってるくせに――その姿が無駄に恰好良すぎて悔しい。この理想のカタマリには到底太刀打ちできない気がする。
「くそ……」
期待に膨らみ熱くなる下半身。己の昂りに我慢ならず、健人は眼前のリボルバーを叩き落して久我に飛びついた。
「はああっクソかっけえ……久我さんの弾丸、俺に全部ちょうだい……!」
「っ待て待てあぶねえ、タバコぉ!」
スイッチオンした健人の熱烈キスと腰振りに押し倒され、久我の自称マグナム砲はあっさり呑み込まれた。
「あっあ……すげ……きてる……久我さ、あああーっ」
「く、んっ……けんと……入れるの早いって……ッ」
「っあ、あああん……久我さんのが、でか……っでかくなっ……ああ、おくは無理、……むりぃ……!」
激しく腰を打ち付けあう間に届いたメール通知音には、二人とも全く気づかなかった。
**
憧れのダンディな男、久我浩二に惚れ込んで熱烈アタックしたのは半年前から。
別にそういう関係を求めていたわけではなく、純粋に俳優として、男として憧れの気持ちを熱弁しただけだったのだが――「君かわいいな」とあっさり抱かれてしまい、あれよあれよという間に恋人の地位と、同棲する権利まで獲得した。
身体の相性でもよかったのだろうか。なんにせよ、元々抱かれたい側の性的趣向だった健人にしてみれば、惚れた手前断る理由などなかった。
遊び人だと自称する久我だが、普段どこで何をしているのかはよく知らない。分かることはスーツで出勤するリーマンであることと、小綺麗なマンションで一人優雅に暮らすバツイチ男ということ。元妻とは円満に離婚したらしく、お金に困っているとは聞いていない。
おまけに夜のテクニックがやたら上手いしナニもでかい。ゲイが集うショットバーで色んな人の誘いをのらりくらりかわしているあたり、彼に抱かれた男は多いのではないだろうか。
それでも、彼の自宅で寝食を共にしているのは自分だけ。しかも毎日必ず食事を用意してもらえる。久我は意外と手料理が美味いし、洗濯も掃除も手慣れていて、健人の出る幕はない。たまにベッド上のお付き合いをする以外、ほぼ子ども扱いも同然だ。事務所預かりの俳優業とコンビニバイトを掛け持ちし、ボロアパートでジリ貧生活を送っていた健人にしてみれば、気前のいいおじさんに気に入られて拾われた、とも言える。
(俺ってそんなに尻の締まりいい方なのかな)
あまりに謎すぎて性的嗜好以外の理由が思いつかないが、それでもいい。憧れの人と同居している今の生活は、健人にとって十分幸せなものだった。
「ちょっとこい、柏原健人」
「……おれ、かじわらじゃなくて、かしはら、です! いい加減覚えてくださいよ社長」
六年在籍しても言い間違えられる苗字にツッコミをいれながら、健人は所属事務所社長の呼ぶデスクへと向かった。
「お前さあ、ちょっと太った?」
「…………え?」
社長の思わぬ第一声に驚いて、咄嗟に下腹部を押さえた。今まで一ミリも気にしていなかったことだ。
「腹とかじゃねえよ。なんつーかこう……全体的にぽちゃっと」
「あーそうそう、不健康のガリガリが、可愛い健康優良児になったっていうか」
「なんかいい事でもあった?」
「金持ちのパトロンでも見つけたか」
気づけば周りにいたマネージャー職や事務員たちも集まり、言いたい放題だ。
だが当たらずといえども遠からず。
(そりゃ……三食まともに食ってたらそうなるよな……今まで見切りシールのついたコンビニ弁当一食だけだったのに……久我さん自分が忙しくても絶対用意してくれるし)
健人はこの事務所で世話になる時、恋人ができたら必ず報告するように言われていたことを思い出した。恋愛禁止ではないが、生活水準が変わるレベルの事情は連絡必須だと。
「あ、あのぅ……」
性癖を隠蔽していたわけではないが、男と同居していることは言わなければいけないだろう。仕事で知り合った会社員と同居生活していると正直に告げると、なるほどねと納得の声が返ってきた。
「やっぱりパトロンだったか。しかも年上のおじ様。これは美味しい」
「いい人に拾われたなあ」
半分バレていたのか、周囲には好意的に受け止めてもらえたようだが、社長の顔は未だに険しい。盛大なため息を零すと、キランと眼鏡の奥を光らせ真顔で健人に迫った。
「いいか、健人。それはな」
「は……はい」
「幸せ太りってやつだ」
「……へ?」
「全うな生活が送れるようになった途端、こうもぶくっと膨れるんじゃなあ……これまではキャラクター性と雰囲気でお前の希望する役柄もいけるかと思って探してやったけれど……今のお前では到底無理だ」
それは青天の霹靂とも言える一言だった。
「今のお前からはほわんとした幸せオーラしか漂ってこない。まあ元々トーク力はあるし、MCとかラジオとか、タレント系の仕事に転向してみないか? もう二十六だろ? 生活もかかってくるし、そろそろ社会人としての身の振り方を考え直した方がいい」
「そっ……そんな。俺、こないだ《極道大戦争》シリーズのオーディション、受かったんスよ? は、端役だけど」
「それはお前が希望していったメインの組員じゃなくて、通りすがりに殺される一般市民役だろうが。うちのタレントなら誰でもできるわ、そんな仕事」
「うぐっ……」
痛いところをぐっさり突かれて、健人は返す言葉を失った。台詞もひとつしかない、うわあと叫んで逃げるだけのモブ役。選考で落ちた人間のうち、給料は安くそれなりに見栄えのする俳優を事務所ごとに数人選んでもらえるだけの救済枠だったのは変えようのない事実だ。自慢できることじゃない。
「お前はそろそろ現実を見て、自分に向いている仕事を探した方がいい」
「そうだなあ。やさぐれてギスギスしてた頃の健人なら、今どき流行りの闇系メンヘラ役が狙えるかもとは思っていたけど。こんなに平和ボケして緩んでるんじゃなあ」
「でもほっぺにお肉がついて、前より可愛くなったよね健人くん」
「ほんとわかる。今からでもアイドルいけるんじゃない?」
「いやですよぉ……俺っち、任侠映画に出るのが子どもの頃からの夢なんスけど……」
「知ってる知ってる。でも全然ヤクザ役がこないのも知ってる」
「うっうっ……」
二十六にもなって、可愛いと言われるなんて。先輩女優に頬をつままれ、健人は拗ねた顔を露にした。
だが健人は自分でも薄々勘づいていた。
――死ぬほど憧れたあの人の仕草。あの姿は、どんなに演じても己では到底再現できないのだ――ということに。
**
どんよりとした空気を纏ったまま、健人はバイトを終え久我の家に戻った。ちょうどシャワーを浴び終わった久我が、ビール片手に出迎えてくれる。どうせならここは洒落たガウン姿あたりで――と言いたいが、なぜかトランクス一枚に手ぬぐい一丁。だらしないおじさんスタイルなのがどことなく残念だ。
「おっ、おつかれ」
石鹸のいい匂いに釣られて思わず飛びつくと、先にシャワー浴びて来いよと笑いながらも大人っぽいキスで労ってくれた。絡める口の中にはラガービールの味が残っている。カッコいい大人の定番。これをたんまり味わえば、少しは彼みたいな男になれるだろうか――。でも正直、苦い。
「――どうした、疲れたのか」
執拗なキスにも微動だにしない久我は、濡れて下ろしたままの前髪が色っぽくて、いつもと違う雰囲気を醸し出している。そういえば自分は、濡れても水も滴るイイ男にもならないなと思うと、余計落ち込む。
「いいよな……久我さんは……ギャップがあって……男前で……」
「なんだ? いきなり」
「べっつに。シャワー浴びる」
ぷいとそっぽを向いて、早々と浴室に逃げた。
幸せ太りってなんだ。あんな風に幸せで平和ボケした男でも、カッコいい時はカッコいいというのに。どうして自分にはその切り替えがうまくできないのだろうか。
(……はあ……向いてないのかなあ、俳優)
そろそろ本当に潮時なのかもしれない。でもまだ、夢は諦めたくない。ありきたりな葛藤の中、周囲も同じような悩みを抱えて一人、また一人と姿を消していく。それが厳しい芸能の世界だ。
(自分に向いてる仕事ってなんだよ……今更……)
刑事ドラマや任侠映画に出たい、悪役になりたいなどと限定した夢を熱く語った時、社長は笑いながら「がんばれ」と背中を押してくれた。あの時の自分は確かに若かった。
『だがお前にしかできない役は他にもある。俳優として食いつないでいきたければ、そっちに目を向けることも大事だろ』
『そうそ。お前は飯も仕事も偏食すぎて頑固なのが一番の敗因なんだぞ』
(それってつまり、俺には久我さん以上の男を演じるセンスがないってことなんだろ……ディスってんじゃねえよ畜生)
理想通りの憧れの男になりたい、なんて話は、ダサくて今どきじゃないんだろうか。周りになんと言われようが、まだもう少し足掻いてみたいのに。
それでもとりあえずダイエットしよう。
「――この俺を舐めんなよ」
鏡に映る自分の頬筋を何度も動かし、お腹をさすりながら、健人は今期一番の凄んだ顔で己にガンを飛ばした。
**
「もうご飯いい。お腹いっぱい」
「どうした? いつもの半分じゃないか」
「いい、もういらねえ。ていうか今度からそんなに出さなくてもいいから」
理由も告げずにいきなり食事量を減らした途端、久我に心配そうな顔をされた。良心がちくちく痛む。だが思い立ったら吉日、今すぐダイエットしようと心に決めたのだ。『明日からやる』の選択肢はない。
そんな決意とは裏腹に、健人の腹の虫は恥ずかしげもなく『ぐぅう~』と鳴り響いた。
「うっ」
「……何我慢してんだ、絶食でもしなきゃならん役作りか?」
久我は苦笑いながらも、大半残した食器を怒りもせず下げてくれる。
そうか、役作りだと思われたか……最初からそう言っておけばよかったと思いつつも、嘘がうまくつけない健人はジト目で残した肉の行き先を見つめていた。
――ああ……めちゃくちゃ美味かったハンバーグがいってしまう……。
一口大にカットした肉を箸でつまみながら、久我は健人の方を見つめてきた。お前の肉は俺が喰うぞと言わんばかりのポーズに、悔し涙が零れそうである。だがここは我慢しなければ、夢実現のためにも……!
ぐぐぐ、と拳を握り締める。
「……そんなに泣きそうな顔してまで我慢しなきゃならない案件なのか?」
「……」
「一口ぐらい食っても怒られないと思うが」
ふいと箸ごと肉を口元に寄せられ、旨そうな匂いが鼻につく。
「だっ、だめだ! ダイエットは初志貫徹が大事!」
「ダイエット? んな必要ないだろ。お前はむしろもう少し栄養とっておかないと。どっちかっていうとガリガリじゃねえか」
久我はそう言うと、健人の筋ばった腕を撫でさする。
「でっでも……太ったって言われたし」
「誰に?」
「事務所の人間に……」
「不健康のガリガリが血色良くなっただけで? そんな暴言を吐くような会社で働いてるのか健人は。パワハラだろう」
「あ、いや……そういうわけじゃねえけどさ……やっぱ役作りのためにもこう……あんまりにも健康的な感じはよくないっていうか……」
うまく伝えられなくてどもるが、正直久我の優しさが身に染みて健人の涙腺は崩壊しそうだ。なんでこの人、こんなに俺に甘いんだろう。
「なら、沢山食べて運動すればいいじゃないか」
「……え?」
「役作りでダイエットするんなら、運動が一番だろう。栄養はきっちりとらないと、体力不足じゃ声も張れんぞ」
「まあ……確かに」
「だろ? ほら、俺の作ったハンバーグは美味いぞう?」
知ってる!
悔しさのあまり、目の前でちらちらと泳がされたハンバーグに食らいついた。冷めてもしっかり味のついた肉が、じんわり口の中に広がる。
「でも食べてから運動って、あんまりできねえじゃん」
「そうか? 俺も付き合うよ」
久我さんが運動?
予想だにしない提案が返ってきて、健人は思わず目をぱちくりさせた。
「イメージ湧かねえなあ……」
「はははっ、ビール腹のオッサンだからなあ」
にへらっと笑いながら、あともう少し食えと言って何度も肉を掴んではこちらに向けてくる。強要されて思わず口を開けながらも、健人は自身の意思の弱さを呪った。
「くそー! くそー! 久我さんの飯が美味いから……!」
「だから太ったって?」
「……ううっ……そうだよ! だってコンビニ弁当の百万倍うまいもん!」
「そりゃあ、健人に食べてもらいたくて頑張って作ってるからなあ。そう言ってもらえると嬉しいよ。いつも美味そうに食べてくれるから作り甲斐がある」
「い、言っとくけどこれは演技じゃねえからな?」
「ああわかってる。飾らないお前は最高に可愛い。明日からは高たんぱく低カロリーのメニューも考えておくよ。どうせなら一緒に健康を目指すのもいい」
「う、うん……ありがとう」
そんなことを言われて、ご飯を残すなんてバチ当たりなこと、できるわけがない。健人は目を瞬き、緩んだ涙腺をぐいと抑え、やっぱ食べる、と手を伸ばした。心なしか久我の顔が、嬉しそうに綻んでいる気がした。
(幸せ太りってこういうことか……)
社長の一言に返す言葉もない。けれど久我と二人で食卓を囲えるこの瞬間は、嫌いな野菜すら美味しく感じさせるほどに幸せな時間で――甘くて――。
「おかわりぃ!」
**
結局どれぐらい食べたかわからないが、お腹はしっかり満たされた。
「沢山食べてふっくらした健人も可愛くていいじゃないか」
ソファの上でふくれっ面をしていたら、喫煙し終わって戻ってきた久我に頬を抓られた。摘まめるほど肉がついたのか、と思うとそれもなんだか悔しい。
「いいよもう……運動すっから。久我さん付き合ってくれるんだろ?」
ゴロンと寝転がりながらスマホのロックを外し、食後に出来そうな運動を検索してみる。まあ、ベタなところでジョギングか、ウォーキングってところだろうか。そんな名目で久我と二人で出かけるのも悪くない。
「ああもちろん、今すぐしよう」
ギシッとソファのきしむ音。揺れる身体に覆いかぶさるタバコ臭。おやと思った瞬間には、スマホをも奪い取られ、代わりに熱い唇が健人のそれを塞いでいた。
「んっ……」
口腔内をねっとりと這いずり回る久我の舌は、いい音を立てながら何度も絡みついてくる。
「ん、ん……なに……久我さ……」
「何って……運動、するんだろ」
「……ええ……?」
何言ってんだこの人。理解できずに茫然としていたら、久我はいきなり健人のゴムスウェットを捲り、男の象徴を扱き始めた。
「ひぁあっ……」
「可愛いなあ、ハンバーグとご飯でお腹ぱんぱんじゃないか」
「いっあ……いうなぁ……!」
「ほらほら、自分で腰を揺らしてみ。もっと……そう、しっかり動いて」
う、運動ってそういうことか――!
「俺の手で扱かれて……どうだ健人。興奮しないか」
「ああん、だめ……だめえ……そのごつごつの手ぇ……っ」
骨太の指が、ぐちょぐちょ、ぐりぐりと音を立てて健人のそれを刺激するたび、悲鳴のような声が上がる。先端をグイと撫で回し、鈴口の先走りを吸い上げられて、跳ねあがった健人はソファの上から転がり落ちそうになった。
「ははっ、元気だなあ」
「無理ィ……久我さ……その指で俺の……グリグリしないでぇ……っ」
「どうして? お前はこれが好きなんだろう」
「すっ……好き……好きぃ……でも……あ、ああっ」
いきなりの先制攻撃に面食らうのも束の間、あっという間に脱がされた下半身に暖かいローションを垂らされ、身も心もどろどろに溶かされていく。乳首、乳輪、脇にへそ。あちこちを念入りに撫でていく指の行き先が移動するたび、腰が跳ね上がる。ネバッとした透明の液からは、どことなく甘ったるい匂いがあがってくる。
「ちょうどいいものを買ったんだ。お前のダイエットに役立つぞ」
「は、ぁ……っ……っい……いいもの……?」
息も絶え絶えに問いかけると、久我はタチの悪い笑顔を綻ばせ、健人の唇を何度も奪いながらそっと告白した。
「最高のエクスタシーを手助けする、カプサイシン入りの灼熱ローションだ」
「……は? ……なに、それ……」
「知らないか? ダイエットにはな……熱くて燃える、辛いものが……効くんだぜっ」
言うなり久我は、燃え滾った己の武器を早速腰に打ち付けてきた。ぐちゅぅっ、と卑猥な音が響き渡る。
「あ、ぁああ、や、はあああー!」
質量も半端ないが、言われてみれば全身熱くてひりひり燃えるような感覚に襲われてきた。こすれ合い、厭らしい摩擦音を響かせるそこは言わずもがな。
「あつ、あつい……すげえ、あついいぃいっ、あっああっ」
「ほら、もっと腰振って……そう……ああ……やっぱり健人は最高だな」
「いあっ……あああっ、久我ぁ……きもひ……きもひぃい……っ」
「そうだその調子。ああ……上下変わろう。ほら、俺の上に乗りな」
「……ふえ……?」
久我は繋がったまま器用に健人を起き上がらせ、自分は反対側のソファの肘置きに凭れる姿勢を取った。
「あ、あああっ、これ、ふか、深い……あついぃ……!」
「ほらそこでしっかり動いて? ダイエットしなきゃだろ」
「ふああ、あっ、あーっ、指、そんなとこ……っ」
正面から久我に抱きつき、惰性で腰を振っていたら、横から乳首をこねくり回されて再び悲鳴を上げる。胸も腹も喉も、結合部も、久我が触れる部分全てが熱くてジンジンする。
「うあ……健人……乳首弄るだけでイクなんてエロ過ぎるよ、可愛い……」
「い、い……今のはぁ……その……へんなろーしょんの……せぇ……っ」
「ははっ、いい買い物だったみたいだな」
汗だくになってどっちかが果てるまで、燃えあろうぜ。
お世辞にもカッコイイとは思えない誘い文句を垂らしながら、久我は激しく腰を押し付け、ソファが浮くほどに暴れ狂った。
「あっ、あん、あああーっ!」
「けんと……健人ぉっ」
ほとばしる互いの汗と精を混ぜ合わせながら、健人は意識が吹っ飛ぶまで久我の上で淫らに泣き叫んだ。
**
体重は増えていない。なのにやっぱり幸せムードしか漂っていないとまた言われ、健人はがっくり膝をついた。
「大根役者もいいところだろうが」
「何年やってんだ」
「殺される奴がそんなに元気でどうする!」
結局端役でひっかかった一言だけのやられ役ですらダメ出しNGを食らい、監督に大根と言われた健人の心は違う意味で荒んでいる。
「ダイエットしたのに……!」
「まあ、俺が言いたいのはそういうことじゃねえよ」
行きつけの牛丼屋で注文の品を待ちながら、事務所社長は落ち込む健人の肩を叩いた。端役の不始末を平謝りしてくれた社長は、長年健人の夢を後押ししてくれる恩義ある上司だ。そんな人に何のお返しもできないことが心苦しい。
「そもそも幸せそうな顔をしてる健人の方が正統派俳優として売れると思うんだよな俺はな」
「はあ……」
「別にお前のことをディスってるわけじゃないんだがな。お前は顔に何でもすぐ出るんだ、その感情が」
「……そうっすね……自覚はあります」
「悪役やろうにも、モブ一つの出演でも、嬉しい気持ちが先だってテンション昂ってるのが見ただけでわかるんだ。お元気にわんこ尻尾振ってるようなヤクザは、例え下っ端でもコメディ路線だろ。お前の望む任侠ものやミステリー系にはまるで向いてねえ」
「ううっ……」
「そもそも今のお前からは、幸せオーラしか漂ってこないし」
そんな説教を大人しく聞いている最中、「へいお待ち」と目の前に差し出されるのは出来立て熱々の牛丼だ。ほかほかのご飯に乗った肉が食欲をそそる。ぼんやりそれを見ていたら、社長には「まあとりあえず食えよ」と促された。
腹が減っては戦はできぬ。久我の言う通り、毎日毎晩食べた分だけきっちり夜の運動に勤しみ、撮影現場に缶詰状態だった健人は、ひどく腹が減っていた。
頂きますと言いながらも、口と手は猛スピードで肉と米をかっ込んでいく。
(はああ……辛い……辛いけど、久々の牛丼もうまいなあ……今度久我さんと来たいな)
「うんやっぱお前、こういう仕事の方がいいって」
「……え?」
いきなり社長に相槌を打たれ、意味のわからない健人は首を傾げた。
「幸せそうに飯を頬張る姿はなかなか可愛いぞ」
「……飯っすか?」
「グルメリポーターとか、大食らいの健康優良児役とか。実は営業をかけてみた先で、お前にこんな仕事が来ててな」
社長はそういうと、いくつかの書類をざらっと机に並べ始めた。それは有名企業のCMやドラマの配役オファーだった。オーディションではなく、オファーということは、名指しで自分に仕事依頼がきているということだ。
「ええっ、今さっき俺、監督にめった刺しされたのに」
「だからお前は、その感情豊かな顔を使った仕事が向いてるってことだよ。折角健康的なスタイルになって、好感度も上がってるんだ。こんなチャンスはないぞ?」
頑張ればお前、いずれ主役もとれるぞ。
健人はもういい加減俳優をやめろと言われているのだと思ったのに、再び青天の霹靂なことを言われて口から牛丼を吹き飛ばす羽目になった。
憧れの久我に甘やかされる生活が始まってからというものの、紆余曲折だった健人の人生は、ゆっくり音を立てて変わろうとしている気がする。
健人はスマホの通話ボタンを押すと、仕事中だろうとお構いなしにまくし立てた。
「久我さん聞いて! 俺、仕事いっぱいもらえたー!」
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