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「おい、雫。悪いけど八百屋に行ってきてくれないか?」
父が薪を割りながら叫んだ。
面倒くさいな…
「今年も野菜が育たなくてね…ごめんね」
母が申し訳なさそうに人間の硬貨を巾着袋に入れて手渡してきたのでそれをリュックの奥に詰め込んだ。
兄の二十歳の誕生日。
そろそろどこぞの妖怪と結婚させられるのだろう。
妖怪の中でも、雨の小坊主は決して人間と共存できない存在だった。
『雨に濡れている童子をみかけ、かわいそうに思って家に泊めてあげようと声をかけたら家に向かう道中で、顔の大きさは常人の五倍、鼻も耳もない三つ目小僧がにっと笑った。そしてその雨の小坊主に笑いかけられた人間は、気絶してしまう。そして目が覚めると家とは全く違う方向の場所にいる』
という話は大体真実だ。人間にいたずらをするのは雨の小坊主の性で、雨の小坊主である以上は条件が揃えば三つ目の姿に変貌してしまうのだ。
ーーそんな風に傷つけるなら、人間とは関わらなければいい
普段は人間と何ら変わりのない容姿の妖怪は、普通に生活している分には妖怪だとは気付かれない。むしろ人間の中では美形の分類に入るそうだ。
少し下ればすぐのところにある無人店舗で兄の好きな人参と、トマトとキュウリを買った。ラッキーなことにリンゴもあったのでお祝いに、と自分の財布から小銭を出して購入した。
突然一粒の雫が左手の甲に当たったかと思うと、ザーッと急な豪雨にみまわれまった。
急いで買ったものをリュックに詰め、顔を上げて驚いた。
「ついてないな…前が見えない」
ペタッと額にくっついた前髪を掻き上げると、雨宿りはせず歩き続けた。
しばらく坂を登っていると、突然気配がして、後ろから声が聞こえた。
足だけ止め、相手の様子を伺う。
「あのっ。リンゴ、落としましたよ!」
雨に負けない大きな声は、甘く透き通るような声だった。
勇気を振り絞り、キャップを深く被って女性に近づくと女性が持つリンゴを受け取った。
「ありがとうございます」
手元だけを見て顔は上げず、すぐに去ろうとしたが
今度は腕を掴まれてしまい
その反動で顔を見てしまった。
「…!」
肩より少し長い髪の毛が濡れて、雫が長いまつ毛に溜まっている。上目遣いをしているその瞳はかすかな光が反射して煌めいている。
全てが綺麗だ…
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