3.フェイク

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藤崎はビールを口に運んで、首に手を伸ばした。ネクタイを引き抜いて、カウンターの上に置いた。みりはそんな藤崎の仕草を初めて見た。 「丁寧で、隙がないと思ってましたけど、素は結構、大雑把ですか?」 「ほら、敬語になってるぞ」 「あ、大雑把、な、の…?」 みりが藤崎の顔を覗き込むと、うっと一瞬、たじろいた。 「え、あ、敬語やめ、って俺が言ったけど、なんか、慣れない、な」 「なんですか、それ、もう、意味不明」 「分からなくていい……、それより、伊坂に唐須から貰った差し入れを渡していたのはどうしてだ?」 動きを止めたみりはゆっくりと藤崎を見た。どこまでも抜け目のない上司。 「見てたんですか?」 「見てたと言うか、目に入ったと言うか…」 「ストーカーですよ」 「ス、スト、ストーカー!? 」 藤崎が上げた声に、みりは笑った。 「冗談ですって、そんな大きな声出さないで下さいよ」 「い、いや、ちょっと、ダメージが…」 「嘘でしょ、そんな演技しないで下さい。私は騙されませんよ」 「……騙されないか。残念だ。でも、上司にストーカー呼ばわりはないぞ」 「上司扱いするなって言ったり、上司だって言ったり、藤崎部長はめんどくさいですね」 みりの言葉に尚ちゃんが微笑みを浮かべ、出汁巻卵を二つ、カウンターの上に置いた。 「はい、似た者同士のお二人さん。出汁巻卵、サンプルじゃないけどどうぞ。今日は特別に明太子とチーズを入れてみたよ」 「ありがとう〜! 尚ちゃんの出汁巻卵、見たら、あぁ仕事終わったって気になる〜」 「……で。辻村、さっきの差し入れの話だが…」 みりは箸を出汁巻卵に割り入れた。 「ああ、差し入れですか。私チョコレート苦手なんです」 苦手というか、見たくもないほど嫌いなんです。みりは出汁巻卵を口に入れた。はふはふと口を動かし、湯気が上がる。藤崎も箸を自分の出汁巻卵に伸ばした。 「尚ちゃん、明太チーズ最高!」左手でグーサインをする。 「チョコ……、嫌いな理由は部長には言いたくありません。それこそプライベートです」 「その理由を伊坂は知っているのか?」 藤崎は手を止めて、真剣な顔でみりを見た。
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