3.フェイク

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「いえ、伊坂君はチョコが苦手な事しか知りません。それを知って、フォローしてくれる優しい後輩です」 みりがビールグラスを持った瞬間、ポケットが震えた。 「あ、この番号。登録してない……」 電話に出ると、伊坂だった。 「あ、伊坂君」 藤崎が名前にピクッと反応する。 みりは店内が騒がしいため、立ち上がって、店の外にでた。四月下旬のわずかに肌を冷やす風が、みりの髪を揺らした。電話を耳に当てて応答する。 「どうしたの?」 『あのー、実は相談なんすけど…』 「ああ、唐須さんの?」 『そ、そっす』 「仕事の事? ミス見つけちゃったとか?」 『いや……』 素っ気ない低い声が響く。 「何、まさか、好きとか? 茜ちゃんは競争率高いよ?」 みりは伊坂が言い出しやすいように冗談っぽく軽い口調で言った。 「………」 電話口の伊坂の反応がない。みりはハッとして恐る恐る声を出した。 「え、ちょっと待って、その、冗談じゃない感じ?」 『……そっす、ね』 「いや、そっすね、って!」 みりは店先で声を上げ、一旦冷静になる。 「伊坂君そんなキャラだった? いっつも相手が誰でもずばずば言ってたじゃない。ほら、現に私にも、さ、夜のオフィスで……」 『……なんでもない相手には言えるんですけど、唐須さんには言えなくて…』 「えっ! シャイなの!?」 『……辻村さん、なんかテンション高くないですか? ひょっとしてお酒飲んでます?』 「飲んでるよ。仕事の相談かと思ったら、まさかの恋の相談で取り乱しちゃった」 『あ、ちょっとテンション戻りましたね』 「そうね、でも、私に相談しても……」 『いや、俺も女の先輩にこんな事、言うの情けないんすけど、唐須さんがなんせ辻村さんの事をめちゃくちゃ尊敬しているみたいで、食事とか誘っても、辻村さんが来る前提で話が始まるんですよ。で、中々、進展しなくって』 「あ、食事誘ったんだ?」 『誘いましたよ。二人でって言ってるのに、辻村さんの予定が合えばいいね、って全く俺の事、眼中になくって…』 「なるほど」 茜は素直だが、素直すぎて自分の考えを相手に押し付ける部分がある。今日の差し入れのお菓子にしてもそうだ。必要な人と不必要な人の認識が曖昧で、尋ねる素直さがあるのにも関わらず、ついお節介を思い込みで人に押し付けてしまう部分がある。 「私と茜ちゃんと伊坂君で食事に行けばいいのね?」 『さすが、辻村先輩、話が早いっす』 「チョコ、さりげなく受け取ってくれたしね……。お礼としてちょっとサポートしようか」 『すんません、こんな事頼んで』 「いえいえ、その代わりに……」 『はい、分かってます。チョコが嫌いな事は黙っておきます』 「ありがとう、じゃ、また。週明けに会社でね」 電話を切って、みりは店内に戻った。 藤崎は枝豆を摘んでいる。ちらりとみりを見た。
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