如月かれんは二百二十二回死ぬ。

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「今日のこの空が、梅雨の晴れ間の青が、じつにしみじみ、美しい、とか。」  かれんは何か、詩でも読むみたいに、さらっとそんな言葉を吐きました。 「雲が動くなあ。じつに空が動くなあ、とか。あと、何だ、クチナシの花の香を含んだあたたかな風が、なんだかじつに心地よい、とか。通りで偶然出会った茶虎柄の子猫が、とてもかわいくてしょうがない、抱いてすりすりしたい、とか。風呂上りの夜食に食べるヨーグルトプリンが、もうこれは絶品だ。とか。なにかそんなものだ。そんなものばかりが、けっきょく一番、心に響く。おかしなものだな。本気でその気になれば、死がやってくるその日まで、どこまでも遠くに行ってどこまでも駆け抜けることが、できなくはない――  できなくはないが――  だが、そんなことよりも。  お前と二人、一緒に歩く学校の帰り道。  夕方の駅前の、この人混みの、なんとも言えないなつかしさ。  夕暮れの空に輝きはじめる星の、光の清々しさ。  夜が来る直前の空の、あの微妙な色合い。  なぜか、そんなものばかりだ。  そんなものばかりが、無性にわたしの心を打つ。  おかしなものだ。なんだかまるで、ジジイみたいだろう。  いや、正直に言え。いや、やはり言うな。言われなくてもわかる。自分でもよくわかっている。いつの間にかこんなに、枯れてしまったのか。  まったくもって乙女らしくない。嘆かわしい限りだ。  が、しかし、まあ、そのように感じるのは事実だ。そう感じる以上、その気持ち、  そのそこにある心持を、正直まっすぐに受け止めて生きていくしかあるまい?  だからま、そのような次第だ。まあしかし、まったく人生、よくわからないと。  つくづく思うよ。なんだかどうも、よくわからない。なんど死んでなんどここに戻ってきても。今でもよくわからないよ、この、人生というものが。」 「はあ。人生、ですか……。。」
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