如月かれんは二百二十二回死ぬ。

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「あぁ。橡原(くぬぎはら)か。意外と遅かったな。」  さらりと少女は言いました。まるであたりまえのことのように。 「え、えっと、なんで、わたしの――」 「いや。説明は省く。ま、いつものことだ。あまり何度も言いたくはない。どうせ言っても今のおまえにはわからぬだろう。」 「あ、あの、えっと――」 「ここでお前を待つのは、かれこれ二十七回目というところか。だが、今回はどうも、おまえ、ここに来るのが少し遅かったな。今までとは少し違うパターンだ。」    退屈そうにそう言った少女。左手で、風が乱した前髪を静かにかきあげ、気だるそうに後ろに流しました。 「いや、な。別に門の外で待っていても良かったのだが。もちろん駅前でもよかった。だが、わたしはどうも、ここ、この窓からの眺めが好きなのだ。空が近く見えるし、なにしろ雲がよく動く。なによりこの、解放感というのか? 一日の授業が終わり、皆がこれから、好きに時間を使える。日が暮れるまでにはまだまだ多くの時間がある。この、何だ、いわば自由を含んだ空気感だな。この場所この時間の匂いが嗅ぎたくて、ついついここまで来てしまう。ま、何度来ても変わり映えのないつまらない教室ではあるが―― ん? なんだ? わたしの顔に何かついているか?」  真顔でそんな意味不明なことを淡々と言い切ってしまう彼女――  「え、えっと――」  わたしはそれをどう受け止めていいか全くわからずに、  ただそこで、とりあえず沈黙していました。  立ち尽くしていました――  戸惑うわたしの顔の真ん中を、その少女は、その不思議なすみれ色の瞳でじっと見つめて―― それから少し首をかしげ、ほんの少し目を細め、  そして少しだけ、笑ったのです。ほんの少しだけ。    とても、綺麗な笑顔。そしてとても、無邪気な。  無垢、と言って良いくらいの。  そのかすかな笑顔は――  いまでもわたしが、かれんを思い出すとき、  いちばん最初に思い浮かぶ表情です。 「まあ、そうだな。お前にとってはやはり、はじめての出会いということか。では、いちおう礼儀上言っておく。」  彼女はふわりと椅子から立ち上がり、さっと左手を前に差し出しました。 「わたしの名前はかれん。きさらぎ・かれんだ。よろしくな。」
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