雨の日に君を想う

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 はっとして背後を振り返る。かれこれ車検を三度は通したかと記憶している、このコンパクトカーに乗っているのは、私一人。後部座席は無人。なのに――。  祖父の声がした。  祖父は、その昔、車屋の営業をやっていた。まだ自家用車が当たり前ではなかった時代の話だ。仕事柄、長距離運転は当たり前。たくさんの車を頻繁に乗り換えて、時代を走り抜けてきた。もちろん、運転技術は素晴らしい。傘寿を前に免許証を自主返納するまで、一分の隙きも無い丁寧なハンドル裁きとアクセルワーク、そして慎重さには、いつも目が奪われていたものだ。  そんな祖父に、こんな口癖がある。 「車は、愛と狂気の結晶だ」  車は人生を載せている乗り物。人々の幸せを運ぶこともあるが、物理的な凶器になりうることもある。全ては、乗り手の度量と覚悟に委ねられていると。そして、口酸っぱく繰り返すのだ。 「慣れた頃が危ないぞ」  私はもう、車を運転し始めて二十年以上経つ。けれど、祖父の気配を感じる度に、その言葉を振り返り、身が引き締まる思いをするのだった。  エンジンをかける。ワイパーが左右に振れて、少しだけ世界が明るくなった。
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