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「悪い悪い、待たせたか?」
バタバタと走る音が近づいてきたかと思うと勢いよく教室の扉を開けて高田先生が入ってきた。
「はあ、大丈夫ですけれど。先生が大丈夫じゃないみたいですね」
「いや、うん、大丈夫」
肩で息をきらしながら高田先生は言った。
(全然大丈夫そうじゃない)
「……それで、何の用事ですか?」
「ああ、そうそう。明日、受験対策のプリントを配ろうと思って。それで、量が多くなったからホチキスどめを手伝ってもらおうと……」
「……はあ。あの、それ、私がする必要あるのでしょうか?」
あ、また可愛くない言葉が口から出てしまった。
「いや、言いにくいんだが、谷川は志望校A判定だし、予備校にも行っていないみたいだから時間を少し拝借したいなと……」
言い訳を一生懸命する少年の顔になって高田先生が言う。
(そういう理由ね)
「……学級委員ですしね」
「そう、そうそう!」
私の言葉に先生は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
私はこの笑顔に弱い。時間があるわけではないのだけれど。
「……別にいいですけれど、まず先生、プリントはどうしたんですか?」
「え? あ、ああ!?」
高田先生は自分の両手を見て、今気づいたように声を上げた。
「急いで来たらプリントもってくるの忘れた!」
「……」
私は。
「ふっ! あはは!」
こらえきれずに笑ってしまった。
「え?」
先生がきょとんとした顔になる。それで私ははっとした。
「す、すみません!」
「ふ。はは! いや、ほんと、おかしいよな!
あはは!」
高田先生は自分も笑い、そしてツボに入ったのかしばらく笑っていた。
「せ、先生?」
「あ、はは! ごめんごめん。いや、その、なんだかおかしくて! ほんと俺ってドジだよな~」
でも、それだけ急いで来てくれたということだ。
「それはわかってます」
嬉しく思いながらもこんな言葉しかでてこない自分がやっぱり可愛くないと思う。
「悪いな、一緒にプリントもとりにいってくれるか?」
「……仕方ないですね」
社会科準備室にプリントを取りに行くと、かなりの量だった。
「先生、これって教室でする必要あります? 運ぶの大変ですよ?」
「あ。そうだな。ここですればいいか!」
社会科準備室にはほかに先生がいなくて、私はちょっと緊張しながらホチキスをとめていた。先生は鼻歌交じりに作業をしている。
「悪いな、こんなことまで手伝わせて」
「……別に。時間がないときは断りますから」
また可愛くないことを言って作業を続ける私に、先生は微笑んだ。
「そうか。
あはは。谷川はある意味素直だよな」
「……ある意味ってなんですか?」
ちょっとむっとして先生を見る。そんな私に先生はまた笑った。
「いや、言葉通りだよ?」
「……」
(ある意味……。どういう意味だろう。
私、先生の前ではちっとも素直じゃないのに)
黙って作業を続ける私に先生は優しく笑む。
「潔いと思うけどな、俺は。
それに、言葉はきついけど、結局は付き合っているところが谷川らしいよ」
「言葉はきつい……」
思わず呟いて、手をとめた私に、
「あ、やっぱりそこに反応するんだ」
と先生が楽しそうに言った。
(好きできつい言葉を言ってるわけじゃないもん)
作業を再開してみるものの、ちょっとしょげてしまった。
「先生だって結構酷いこと言ってるじゃないですか。しかも楽しげに」
皮肉っぽくなってしまった。
「酷いこと、かなあ? 俺、谷川のこと褒めてるんだけれどな」
先生は気にする様子もなく相変わらず楽しげだ。
「褒めてません」
「褒めてるんだって」
「意味わかりません」
なんだか自分でも本当に意味が分からなくなってきた。先生に対してとる態度じゃないな、と思いながらも口が言うことを聞いてくれない。
「ははは! 谷川はおもしろいな」
「ちっともおもしろくありません!」
先生はますます楽しげに笑った。
「あはは。楽しいな」
語尾に音符がつきそうな先生の言葉。
「……」
楽しくない、とは言えなくて、私は思わず口を閉ざす。先生は優しい目をした。
「谷川に手伝ってもらって本当によかったよ」
それからも先生は時々私を手伝いのために社会科準備室へ呼ぶようになった。
私はしぶしぶ手伝っているような素振りしか見せられなかったけれど、本当はそんな時間を楽しみにするようになった。
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