それでも恋をする

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「失礼します。 先生、回収したプリント、持ってきましたけど」  普段通り社会科準備室に入った私を迎えたのは、先生の寝顔だった。 「……先生?」 (本当に寝てるんだよね?)  私は辺りを見回した。先生の他に誰もいなかった。私は少し先生に近づいた。  こうしてみるとやっぱり27歳には見えない。  天使みたい。  そんな柄にもないことを思って、私は恥ずかしくなった。でもちょっと得した気分。  私はそっとプリントを机に置くと、 「おやすみなさい、先生」 と小さく声をかけて、その場を後にしようとした。  そのとき。 「うーん……お……やすみ、たにが……わ」  足が止まる。 (え?)  振り返ると相変わらず先生は眠っていた。 「……」  かあっと頬が熱くなる。寝言で私の名前が出た……! たぶん私の声に反応して出ただけ。でも。  どうしよう。こんなにも嬉しい……!  知らず知らず頬に両手をあてている自分に気がついて、恥ずかしくなって私は足早に準備室を出た。 (大丈夫。誰もいなかったし)  教室へ急いで戻ると不意に出てきた女子にぶつかった。 「ごめんなさい」  前を向いていなかった私は謝ってその女子を見た。その女子は佐々木さんだった。 「気をつけてよね」 「うん……ごめん」 「まあ、いいけど。ところで、高田先生見なかった?」  どきりとした。 「え? 高田先生?」 「そう。谷川さんは知ってるんじゃない?」 「え?」 「学級委員だし」 「……さっき社会科準備室にプリント届けに行ったときはいなかったよ」  とっさに嘘をついてしまった。 「そう。じゃあ、職員室かな」 「かもね」 「じゃあね」  教室へ戻ろうとする私に、 「あ、待って」 と佐々木さんが声をかけた。 「?」  振り返ると佐々木さんの真っ直ぐな瞳があった。 「ねえ、高田先生って、何の部活の顧問だったっけ?」 「? えっと……バスケじゃない?」  確か背が高いからと言うだけの理由で副顧問になったと聞いた。 「……」  佐々木さんは黙って私を見つめた。その目は怖いほど真剣だ。 「当たり。よく知ってるね、谷川さん」 「え?」 「谷川さん、高田先生のこと好きでしょ?」 「……!」  心臓が飛び出るかと思った。 「図星でしょ?」  私は答えられなかった。 「私も先生のこと好きだから分かるの。 でも先生は先生だよ。生徒は生徒でしかないの。谷川さんは頭が良くて学級委員だから先生のお気に入りなだけ」 「……」  まさにその通りだと思った。さっきまで浮かれていた心が急に萎む。 「私、告白するから」 「え?!」  佐々木さんの言葉に思わず声が出た。 「何?」 「……」  私はまじまじと佐々木さんを見た。なんて勇気のある子なんだろう。  そして佐々木さんの艶のある長い髪や、小悪魔的な可愛い顔、短いスカートから伸びる細い脚に目がいってしまった。 「……何も」  私はそう答えることしかできなかった。 「そう。ちょっとがっかり」 「え?」 「私、谷川さんを評価し過ぎてたみたい」 「……」  佐々木さんは口だけ笑みを浮かべた。 「じゃあね」 「……」  このままでいいのだろうか。今から佐々木さんは告白するのだろうか。ダメだ。私は告白する勇気なんてない。素直になることさえできないのに……! でも、でも、でも! 「ま、待って!」  私の悲鳴のような声に佐々木さんは振り返り、足を止めた。 「先生は、ダメよ! 先生は、ダメなの!」  私の声にふぅと佐々木さんはため息をついた。 「そんな顔できるんだ、谷川さん。ちょっと意外。でも私が従うとでも?」  佐々木さんは言って歩き出した。 「佐々木さんっ!」  私の声にも、もう振り返らなかった。私はいつの間にか流れ落ちていた涙を拭った。自分が情けなくて悔しかった。先生はどうするんだろう。怖い。私、どうしたらいいんだろう。
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