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scene:01《薄紫の闇と忍び寄るライオン》
新川は気まずそうに視線をそらしたまま靴を履き、逃げるように玄関を後にする。
「…笹岡には黙ってて」
僕の横を通りすぎる時、新川が小さく残していった一言。
──笹岡って…確か、新川の…。
「…あの、バカ」
思い出した途端、舌打ちが出る。
相手に見境がないことは知っていたが…まさか、彼氏持ちの女にまで手を出しているとは思わなかった。
「──ああ、颯希。帰ってたんだ」
シャワーを浴びていたのか、廊下の奥から、上半身裸の真紘が出てきた。
僕とは違い、浅黒く焼けた肌と、鍛えてムダなく筋肉のついた体躯を惜しげもなく晒した真紘は、アッシュブラウンに染めた髪をタオルで拭きながらやって来て、僕を見下ろす。
「…お帰り」
見下ろされながらの真紘の言葉に、ため息だけをついて家に上がる。…上がり框に立っても、やはり目線は真紘の方がわずかに高い。同じ双子なのに、なぜ弟ばかり。真紘はいつも、無自覚に僕の劣等感を刺激する。
黙ったままリビングに入り、ソファに腰を下ろす。…僕が苛立っていることに気づいているはずなのに、真紘はのんびりと、鼻歌混じりに冷蔵庫の中を覗きこんだ。
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