目覚めた。

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目覚めた。

 ノーステン王国。  農業を主な産業としており、四方を強国に囲まれた割には何となく生き残っている国である。    私はリア・プレディン、18歳のうら若き乙女である。  まあ自分で乙女とか言うのはとても痛いけども、生物学的に乙女であるので良かろう。      父様が伯爵の位を頂いてはいるが、猫の額ほど……は大袈裟だが、まあかなりの狭い領地でかつかつの暮らしをしている、いわゆる貧乏貴族である。    既に24になる兄のロイターが家督を継いでおり、本来なら両親はとうに楽隠居の生活になっている身分だが、まだ40代だし何しろ貧乏なので、敷地内のビニールハウスで使用人と混じって高級果物に当たるイチゴやブドウ、サクランボなどをせっせと栽培して出荷したりして、何とか収支を合わせているような始末である。  爵位のある農家と言っても過言ではない。      それでも、両親も未だに仲良しだし、兄2人とも仲がいいし、私も含めて働く事を苦にしない一家なので、楽しく暮らしていた。    長兄にそろそろお嫁さんが来たらいいねえ程度の、のほほーんとした悩みがあるレベルの平凡な家であった。      16の時に肺炎を起こして倒れるまでは、こんな日常が延々と続くものだと私が呑気に考えていたのも致し方あるまい。       畑仕事の途中で雷雨に遇い、更には思ったより寒かったもので、屋敷に戻った夜半から高熱が出て、4日間生死の境をさまよっていた時に、 私は自分に前世の記憶が存在する事を思い出した。      とは言っても、その時は前世で日本という国に住んでいた23歳の事務職のOLで、漫画や小説やゲームなんかが好きなインドア派のごく平凡な人間であったことと、このノーステン王国って名前に聞き覚えがあるんだよなぁ、という位のざっくりした記憶であった。    死んだ時の状況も全く覚えてない。    ようやく熱が下がって命の危険も無くなった頃に私の思った事は、   (うん……まあいいか)    というシンプルなモノであった。    前世の知識があったところで大した変わりはないのだ。  パソコンもスマホもゲームもない世界でなど退屈で生きてはいけん!と思ってた割には無くてもちゃんと生きてるし、農業生活も毎日が忙しいので、退屈など思った事もない。家族で仲良く暮らしていって、年頃にでもなればちょっとお金のある貴族の坊ちゃん探して結婚するんだろうなあー、とこれまたのほほーんと考えていたのだ。    しかし2歳上の兄スタンリーが18になり、騎士団に入隊し、休暇で屋敷に戻ってきた時の団服姿を見た時、怒濤のように流れ込んで来た前世の記憶で、ここが私のハマっていたR18ゲームアプリ『エターナルナイツ~ときめきダークサイド~』だと気づいた。    なんでダークサイドがときめきなんだと思うが、きっと好きな人にはときめくだろうと制作者側が考えたのであろう。確かにマニアには圧倒的に支持をされていた。    私も騎士団隊長のアリオンに一目惚れして課金ガチャしまくった人間の1人である。他は正直どうでも良かったので1回ずつ雑にクリアしただけだ。  後は延々とアリオンルートを闇も含めて繰り返していた。      『エターナルナイツ~ときめきダークサイド~』は、男爵令嬢が行儀見習いと箔つけのため王宮へメイドとして働きにやって来て、主要人物と繰り広げる恋愛ゲームである。期間は2年間。    第1王子ラングレン、第2王子ゲイリーの2人と、リアの兄のスタンリー、騎士団長のアリオン、アリオンの親友で副隊長のジェラルド(妻子持ち)、騎士団にある各部隊のリーダーであるニール、専属医のディーンの7人が攻略キャラである。    主に騎士団のキャラが多いのは、主人公が騎士団の人間が勤務しているエリアの掃除やお茶出し担当になったからである。      このゲームの恐ろしいところは、会話、行動、どれも選択を間違えるとあっという間に闇堕ちするところである。執着、監禁、心中、凌辱、ストーキングとまあすぐコロコロと闇に行きたがるのを回避し、真っ当な道にとどめつつハッピーエンドに向かわなくてはならない、えらくプレイヤー泣かせの難易度の高いゲームだった。    一途なのはいいがとにかくみんな愛が重たいのだ。      因みに私は攻略キャラの妹であり主人公マリアナ・ウェスト男爵令嬢の友達と言うだけで、兄様ルートにならないとストーリーにはほぼ絡まないモブみたいなものである。    マリアナは確かに親友だけど、ゲームのヒロインだったとはねえ。自分の名前に変えてプレイしていたから全く気づかなかったわー。    団服で詳細が蘇るとか、自分の事ではあるがかなりのオタスキルと言わざるを得ない。    最推しのアリオンはかなり不遇キャラで、恋愛ルートに入らないと主人公の恋愛のとばっちりをモロに食らい、浮気相手と疑われ死刑か拷問による精神崩壊、危険な任務を押し付けられ怪我をして半身麻痺などろくなエンディングにならない。  他のキャラルートをやっていて、アリオンの不憫さに涙が止まらなかった記憶がある。    まさか、リアルでゲームの世界が存在するとはねえ。      ……と言う事は。    マリアナとアリオンが結ばれないと、あの不幸な展開が繰り返されるのだろうか?    いかん。それはいかんぞ。  最推しのアリオンには幸せになって貰わなくては!      しかし、確かゲームのスタート時のマリアナの年齢は18だった。兄様も20歳の設定だったもんな。  つうことはあと2年後の話だ。    私はあくまでもモブなので、同じように王宮に上がる設定ではなかったが、マリアナをサポートして何としてでもアリオンと上手く行くようにするとか、まあ最悪他の女性とさっさと結婚でもしてもらえば、マリアナに執着する別のキャラから変な恨みは買うまい。      でも、私はマリアナのようにおしとやかでもないし、接客も苦手だ。得意なのは料理と掃除位である。    そして、172センチという身長もこの国の女性としてはかなり大きい。低めのヒールでも履くと180近くなる。  この身長でメイド服はかなり恥ずかしい。    それならむしろ騎士団で事務職でもやりたい。  だが、騎士団勤務は原則男性のみだ。  きっと、男ばかりの職場で女子が絡むと、泥沼の三角関係だの間違いが起きやすいからだろう。    私のようなガサツな大女が入っても間違いが起きる訳はないが、女と言うだけで門戸が閉じているのならこじ開けるまでである。    そして、今年18歳になった。 そう、これからが戦いなのである。
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