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オタクはリアルな推しと会う。
「リアム、私はメイド寮に入るからとりあえず今日はここでね。休みはそれぞれ確認してさ、追々合わせようね」
「うん、頑張ろうね!」
騎士団の寮に入る私と、メイドとして王宮の寮に入るマリアナは、王宮の門で王宮労働許可書と騎士団労働許可書を提示して迎えが来るのを待っていた。
少し経つとメイド頭と思われる年配の女性が現れて、マリアナの名を確認して促した。
私たちがそこはかとない不安感でぎゅっと手を握り合っていたのを見たのか、
「貴方は、マリアナの恋人かしら?」
とチラリと視線を向けて私に訊ねて来た。
「あ、いえっ、僕は家が近所の幼馴染みなんです!お互い頑張ろうねって励まし合っていただけです!」
私は強く否定した。
マリアナが王宮で仕事をする前から男といちゃつくような尻軽女だと思われては堪らない。
「あら、そうだったのね。ごめんなさいね勘違いして」
明らかに目付きが穏やかなモノに変わったメイド頭(仮定)の女性が、マリアナと王宮の中へ向かって歩み去って行った。
しかし、背もそこそこあるし、緩めのパンツスタイルにだぼっとしたセーター、メイクもしていない短い髪の私は、どうやらちゃんと男の子に見えているようだ。
良かった良かった。
いや、女としては良くないんだけど、仕事をするにあたっては喜ばしい事である。
さて、私もスタンリー兄様が迎えに来ると思ったんだけど、遅いわね。
ボンヤリ荷物を抱えて待っていると、背後から、
「──リアム・プレディンか?」
と声が掛かった。
「あ!はい僕がリアムで──」
慌てて振り返った私は、そこにリアルなアリオン様が立っているのを見て立ちくらみを起こしそうになった。
プラチナシルバーの目にかかる位の少し長めの髪。
ブルーグレイの瞳。少々厳ついが整った顔立ち。
確かゲームではプロフィールに192センチ87キロとあったが、黒い団服からも鍛え上げた筋肉が分かる美丈夫である。
イラストも美麗であったが、実物はもっとヤバかった。
前世オタクとしては身体が勝手に五体投地しそうになるが、辛うじて己を抑え込んだ。働く前から気持ち悪がられてクビになってしまいそうだ。
「……スタンリーの弟だと言うから、もっとゴツいのかと思っていたが、チビで細身だな。
風呂の掃除なんかもあるが、力仕事は大丈夫なのか?」
生まれてこのかた聞いたことがない【チビ】というワードに、脳内で歓喜のスタンディングオベーションが沸き起こり、にやける口元を慌てて手で押さえた。
まー192センチから見たら頭1つ分は小さいし、チビと思われるのも頷けるが、学校でもデカい女と言われ続けて来た私がチビ。
「……掃除は得意ですし、割と器用です。実戦で戦えるほど頑丈ではないですが、その分気合いで頑張りますので、宜しくお願いします!」
深々と頭を下げた。
「そうか。──付いてこい」
荷物をスッと私から奪うと、寮に向かって歩き出した。
足の長さが違うので、早足で付いていきながら、
「あの、僕荷物ぐらいは自分で持てますから」
と声をかけたが、
「どうせ明日からはこき使われるんだから、初日ぐらいは甘えとけ。……それと夜に歓迎会をやるそうだから、それまでは部屋でゆっくりしてろ。
馬車で長時間揺られてたんだろ?少し休め」
「………はい。あ、ありがとうございます……」
「礼を言われる程の事はないが」
確かに4時間の馬車での移動は結構腰に来る。
アリオン様はやっぱり優しくて思いやりがある御方だ。私の最推しだけあるわ。お布施、お布施はどこにすればいいのかしら。
やはり、ここは1つ私が一肌脱いでマリアナといい感じになって貰って幸せになって頂かなくては。
でも、さっきから後光が射しそうなキラキラしたオーラがばらまかれていて直視出来ない。
このオーラにまず少しでも早く慣れなくては。
……慣れる事が出来るか不安だが。
自室に案内してもらったら、やはり五体投地を行おうと決めた。でもさっきから余りに想像を上回るイケメンぶりに、どうしても口元がにやけるのが直せない。
ずっとさりげなく手で隠しながら、これからの自室になる部屋へ案内してもらった。
私の部屋は3階建ての寮の1階の一番奥。
6畳ほどの広さにベッドと机、クローゼットが付いたごくシンプルな部屋だった。シーツなどは真新しいモノに変えてくれたのだろうが、暫く使っていなかったらしく床や窓ガラスが若干ホコリっぽかった。アリオン様が帰ったら先ずは掃除をしようと決めた。
「それじゃ、また夜にな」
私を部屋に案内すると、少し口角が上がった。
ふおおおお、イケメンの微笑プライスレス!!
目がぁー目がぁー!
「こっ、こちらこそよろしくお願いします!」
改めて頭を下げると、少し沈黙があった。
「……?」
不思議に思って顔を上げると、アリオン様が、
「いや……チビとか言って悪かった。まだ18だろ?これから伸びるさ。安心しろ」
とぽふぽふ頭を叩き、「それじゃな」と出ていった。
……ああ、ずっと口元を覆ってたのを『本人が気にしてる事を言って傷つけた』とか勘違いしたんだろうか?
ただ変質者になりたくなかっただけなのだが。
「──いや、でもこれ以上伸びるのは困るんだけど」
しかし、心が細やかな人なんだろう。私のようなガサツな嘘つきの男モドキに優しくしてもらう資格などないのだが。
やはりここは拝むべきだろう。
私は掃除をささっとして綺麗になった部屋で、扉の方へ向かい五体投地をしながら、
「神様、アリオン様は何があっても私がお守りします!」
とひたすら祈っていた。
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