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「そうです。今年の三月頃から施設でお世話になってましたけど。その施設の職員さんがこの人です。最期も看取ってくれたそうで」  不意に水を向けられて、僕は戸惑いがちに頷いた。 「名取さんは我が戸田村矯風会の設立にも関わった方です。水野さんのこともわたしは聞いたことがあるんです。瞽女の活動が下火になった後、名取さんは戸田で設立された矯風会を運営することに意義を見出し、水野さんはあくまで音楽に生きることを選んだと聞いています」  それは水野さんが、痴呆症になってもなお歌い続けたことを見た僕には納得のいく答えだった。大きな決断さえ音楽を基準にして選び取った人なのだ。歌から離れられないはずだ。  小泉さんの案内で二階へ上ると、一番奥の部屋のドアを小泉さんが叩いた。 「名取さんがお待ちです。どうぞ」  部屋の中では丸々としたおばあさんがテレビを見ていた。いや、見ているのではなく聞いているのだとすぐに思い直す。瞼が閉じているし、時々テレビから顔を背けるようにしている。それでも内容に合わせて笑みを見せたり表情を引き締めたりしている。間違いなくテレビの内容に心を動かされているのだ。 「お客さんですか」
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