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合格してもどうせ行かない場所だ。そんなことより千夏に気持ちを伝えたい。
「休日くらい勉強のことは忘れたいんだけどねぇ」
不貞腐れた千夏は愛くるしかった。二度と見られないはずの顔が、すぐ目の前にある。
とてつもない悲しみが込み上げてくるが、今の僕には涙一滴流せない。
手を伸ばせば触れられるのに、それができない。
今日という日の流れを知っている。僕は、千夏に指一本触れず、想いも告げずにさようならをしてしまうんだ。
「さて、電車の時間に遅れるから行かないと」
僕と千夏は一定の距離を置いて歩き始めた。その微妙な距離感は傍から見ればただの友人にしか見えないだろう。
風が吹く度、千夏の肩までの髪がサラリと揺れた。長いまつ毛は瞬く度に綺麗な鳥の羽を連想させる。
単なる自然のことが彼女を引き立てている。ちょっとだけ触れてみたくなってこっそりと手を伸ばすが、すぐさま引っ込めて手を後ろで組みながら歩いた。この意気地無しが後々深い後悔となってしまう。
この日は確か、合格祈願や学業成就で有名な神社に行く約束をしていた。
千夏の提案で、神社の名前は忘れてしまったが、確か電車で30分くらいの所にある。
僕達は改札口で切符を買って駅のホームに立った。
「あと10分くらいでくるね」
千夏はお揃いの腕時計を見た。同じものを身につけていることがすごく嬉しかった。
「日曜日の割には空いてるよね」
僕がそわそわと落ち着かない様子で言った。
「みんなとっくにどこかへ出かけているんだよ。夏休みも終盤にさしかかってる」
「みんな旅行先か。どこにも行かないのは僕らくらいだからな」
「まぁ、私には友達がたくさんいて最後の夏休み旅行にも誘われたんだけど、友達が少ない夏希と遊ぶために断ってあげたんだよ」
偉そうにふんぞり返る千夏に僕は呆れて無視をした。
彼女にとって本当の意味で最後の夏になってしまったんだ。
そんな貴重な夏を家族や友達と過ごさず、僕みたいな奴と過ごしたことを彼女は後悔してはしないだろうか。
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