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「ほら、電車が来た」
この口は僕の意志をきかず、ただ機械的に、正しく過去の言葉を喋るだけだった。一語一句の言葉も些細な行動も変えられない。
悔しい。
未来がわかっているのに、千夏の死を止めることはできない。
病気にならないように気をつけてほしいとか、今すぐ帰って家族と過ごせとか。
千夏のためになることも、気の利いた台詞の一つさえも言えやしない。
僕達は空いた電車に乗り込み座席に並んで座った。
左側の視界に、膝に乗せた千夏の小さな手がうつった。ふっくらとして血色が良く、生きている手だった。
脳裏に焼きついてしまった骨ばった白い手、眠るような死に顔。今体験していることよりもあの姿の方が夢であってほしい。
そんな苦しみも知らずに僕と千夏は未来に怯えず呑気に笑いあっていた。
すぐに電車は目的地に着く。千夏ははしゃいで僕より先に降りた。今まで隣にあった座席の重みがふっと消えて、また悲しくなる。
「夏希! 早く行こう!」
僕は少しだけ笑って彼女の後を追った。
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