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これが仮に夢だとしたらいつ目覚めるのかわからない。少しでも千夏の姿を目に焼き付けたいが、ここで大きな間違いを思い出した。
「気持ちいいなぁ」
境内にある御神木の付近にベンチがあった。ちょうど木陰で涼しく居心地がいい。
僕は千夏が飲み物を買っている間に横になっていた。
馬鹿なことに僕はうたた寝をしてしまった。
起きろ、起きろと僕は僕を起こそうとするが、目は閉じたままで意識だけが取り残された。
暗闇の中、外の音だけが聞こえる。
しばらくすると砂利を踏む足音が近づいて来て僕の前に立つ気配がした。
「寝ちゃったの?」
千夏だ。吐息が頬をかすめる。しゃがみこんで僕の顔を覗いているようだ。
「寝ちゃったか」
声が近い。今すぐ目を開けて顔を見たいのにそれができない。でもあと三分もすれば僕は目を覚ますはずだ。
次の瞬間、僕の頬に、柔らかく温かいものが触れた。
「キスしてもだめか」
びっくりした。今触れたのは千夏の唇だったのだ。寝ている間にこんなことをしていたなんてまったく気づかなかった。
「ね、夏希」
千夏の泣きそうな声が耳元で聞こえる。
「私、これからも生きられるかな。身体が弱くても一生懸命頑張ってきたよ。誰にも迷惑かけないように取り繕ってきたよ。でも、素のままでいられるのは夏希の前だけ。…私、夏希が好き。大好き。でもね、でも…。いつ死んじゃうかわからない彼女なんて、嫌だよね。卑怯だけど、寝ている間に想い伝えておく」
なんてことだろう。
僕は、泣いている。涙は流すことはできないけど、声をあげて泣いている。
何で、どうして今まで千夏の不安を悟ってやれなかったんだろう。
一緒にいて楽しい、ただ自分のことだけを考えていた。辛くて悲しいことを共有しなかった。それで、好きになる資格が僕にあったのだろうか。
「ね、もし私が突然いなくなっても、焦らず生きてね。夏希」
ずるい。起きている時にその言葉を聞けたら、迷わず僕は千夏を抱きしめてた。
指一本、触れられなかった大切な人。
曖昧な関係で終わらせてしまった人。
取り返しが付かない。
こいつ。動け、動け。
頼むから、動いてすぐに千夏を抱きしめて。
そうしないと、後悔に押しつぶされる。
変わらず僕は眠り続けたまま。
蝉の声がうるさい。
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