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80.聖女捜索隊の足元は見落とされた
「無事でよかった! 魔王に拐かされたと聞いて、どれだけ心配したか。父上や母上も……ん? これは」
足元に転がる赤毛のルドベキアはうつ伏せだった。それを乱暴に転がし、ニームは驚いて後ろへ飛び退る。見張りの鱗人が突きつけた槍の穂先が、ちくっと腕を切った。だが気にならない。
「父、上?」
「そうなの。ニーム兄様、ちょうどいいから私の部屋まで運んでくれない?」
「いいけど、俺が借りた部屋の方が近い……」
そこでルドベキアを抱き起こしかけたニームの動きが止まった。奇妙な単語を聞いた気がする。私の部屋、があるのか? この城に。
妹クナウティアは聖女で、魔王に拐われた。今はこの城にいる。自分の部屋を与えてもらったらしい。ここは立派な城で……魔王に囚われたクナウティアが城にいて? つまり??
「ここって、魔王城なのか」
結論は合っている。愕然とする次兄をよそに、クナウティアはひとつ欠伸をする。そろそろ夕飯の時間でしょうね。夜空を見上げて、父の分の食事を頼み忘れたと気づく。
「ねえ、お父様の食事ももらえるの?」
「あ、ああ。手配させよう」
そう答えたものの、伝えるべき侍女バーベナと顔を合わせづらい。もし話しかけて逃げられたら、再起不能になりそうだった。
ダメージ大の鱗人を同僚が心配する。
「おい、聖女に何をされた?」
「恋心を砕かれた」
端的すぎる説明に、同僚は顔をしかめた。この聖女相手に惚れる要素があるか? 魔王城を破壊する悪魔だぞ。そう思ったものの、項垂れた彼にトドメを差す気はない。曖昧に返事をして誤魔化した。
「ティア!? うそ、お父様、お母様もほら!」
騒ぎながら荷馬車に足をかけて飛び出したのは、セントーレアだった。全力で庭を走り抜け、鱗人の横を通って親友に抱きつく。
「セレア? どうしたの、こんなところで」
「それはこっちのセリフよ。心配してたの。無事でよかったわ」
姉妹くらいに歳も身長も離れた彼女らだが、同じ年齢だと説明されても魔族は信じないだろう。落ち着いた雰囲気のセントーレアは、幼い所作のクナウティアを抱きしめた。少し苦しいが、クナウティアも精一杯腕を回して抱き返した。
仲の良い彼女らの姿に、ニームが苦笑いする。抱き起こしかけた父を押した時、ようやくルドベキアの意識が戻った。
「これは……っ、セレアとティアが? さっきの戦いは」
「お前の負けで終わった」
結果を省略して苛立ち任せに吐き捨てる鱗人の上空を、ドラゴンを始めとした羽を持つ種族が飛び回る。逃げた聖女捜索隊は、魔王城の外へと目を凝らした。まさか足元の魔王城敷地内で、門番である鱗人の前に、探し物である聖女がいると思わない。
人間の匂いがするものの、この場に魔王が許可した荷馬車の一行がいるのは、他の魔族も知っていた。そのため捜索から漏れたクナウティアは隠れることもなく、堂々と魔王城の私室へ向かう。聖女発見の一報は、まだ魔王シオンに届かなかった。
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