京一郎

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京一郎

「ああ、申し訳ありません、この季節、扱っていないんですよ。すみませんねえ」 ぶつぶつ言いながらがに股で出て行く中年の男の背中に、店主の相良京一郎さんはべっと舌を出した。 住宅街の片隅にある花屋、煌(きら)。 一年中、珍しい花を置いているのには訳がある。 すぐ近くに建つ大きな屋敷、「臥待月」の客のためにだけ存在する花屋である。 「煌」とは、別名、綺羅星。和名で金星のことをそう言う。 月のそばでひときわ輝く、宵の明星からその名が付けられたらしい。 「臥待月」は、知る人ぞ知る隠れ宿。 上等な男娼が、一晩にひとりだけの客を取る。宿に選ばれたと言っても過言ではない客は大枚をはたいて、指定された花を目印に宿の門をくぐる。 その花は、季節をはずすと簡単に手に入らないものも多く、それを準備できず諦める者や、持たずに訪れ入館を断られる者もいる。 それでもなんとかして宿を訪れたい者が、調べに調べて宿の近くで営業する「煌」を見つけ出す。偶然に見せかけて、実は計算されているのだ。 「煌」は目立つ看板もなく、前もって知らなければ、ただの住宅にしか見えない。入るのを躊躇うほど、ぱっと見にはわからない仕組みだ。 「ったく、最近はろくな客が来ねえ。どうなってんだ」 「……京一郎さんのところに来るまでに、チェック通ってるんじゃなかったんですか」 陽はピンクの薔薇がグラデーションになって刺さっている花器に顔を近づけた。京一郎は椅子に乱暴に腰を降ろして、わざとらしく足を組んだ。 「そのはずだったんだがな…一度、仲介人も総入替しないと駄目みたいだ。資産と性癖くらいしかチェックしてねえな、こりゃ」 「臥待月」は、最近オーナーが資産家、相楽丈一郎氏から、三男の相楽晴登氏に変わったばかり。 男娼のひとり、新城 夕が客に刺されて大怪我を負い、半年間休館を余儀なくされた。リニューアルを兼ねて、先週から再開したばかりだ。 夕の怪我を看たのが、京一郎さんだった。元オーナー丈一郎の腹違いの弟で、医師免許を持ちながら、のんびりと花を売る。 しかし実は、この京一郎さんの目に叶った男でなければ、「臥待月」の門はくぐれないようになっている。 資産、職業、健康状態、性癖……そして、犯罪歴まで調べ上げられる。 もしも危険な客と判断された場合、直接守衛に連絡が入り、門が閉められ、灯りも消される。言葉の通り、門前払いをくらうのだ。 が、稀に彼ですら見抜けない輩も混じることがあるらしい。それが先日の事件だった。  「臥待月」で男娼として働く俺、波多野 陽(はたのあき)は、その仕事の様子を見に、初めて「煌」を訪れた。 「金がありゃいいって訳じゃないんだよな~、やっぱ人間、品よ、品。そう思わねえ?」 「はあ…」 品が大事と言いながら、京一郎さんは大きく口をあけて笑った。 見た目はなかなかにいい男だが、べらんめえ口調が玉にキズだった。夕のことがあってからよく話をするようになったが、丈一郎氏や晴登さんと同じ、相楽家の人間とは思えなかった。 年齢は、丈一郎氏よりも長男の弓(ゆづる)さんに近い。30代後半といったところだ。 「あの、京一郎さん」 「あん?」 「京一郎さんは、お客さんのどこを見て…判断しているんですか」 「ん~~…そうだな…」 京一郎さんは立ち上がり、俺の前に立った。そして額の真ん中を人差し指で強く押した。 「俺は医師免許を取る前、あんまり人に言えない仕事をしてたことがあんだわ」 「人に…言えない仕事…?」 「そこで、人を見る目を養われたっていうか…あぶねえな、こいつ、っていうのは見抜けるようになったんだな…まあ、たまに見逃しちまうこともあるけど」 「…見抜ける…ですか」 「そうそういるもんじゃねえけどな、そんなトンデモナイ奴は」 医師免許を持っているまだ若い京一郎さんが、なぜ医者じゃないのかは、「人に言えない仕事」に就いていた経歴が関係するのだろうか。明るい性格の彼のことだから、聞けば簡単に教えてくれるかもしれないが、俺は聞くのはやめておいた。 「それはさておき、夕の調子はどうだ?」 「おかげさまで…この間久しぶりに客を取りましたけど、満足して帰られたので、すっかり元通りかと…」 「そうか……陽、あのな」 「はい?」 京一郎さんの雰囲気ががらりと変わった。鋭い視線に俺は怯んだ。 「よく、見ててやってくれ。あいつはたまに、感情に蓋をする。辛くても気づかないふりをするんだ」 「……はい」 「あいつと、寝たか?」 「………」 「あー…、ごめん。プライベートに踏み込んで悪いんだが…ひとりきりだと、ひどく危ういんだ、夕は。だから…」 「危うい…?」 「ああ、頼むよ。やっと、心を開ける相手がみつかったみたいだからな」 夕が心を開ける相手。 まだ少しずつだけれど、確かに俺に心を開いてくれている。 京一郎さんの言葉が素直に嬉しく、しかしその裏に何かひっかかるものを感じながら、俺はうなづいた。 この人は、夕の何を知ってるんだろう。
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